「SiC」と「GaN」、勝ち残る企業はどこか?(後編):知財で学ぶエレクトロニクス(2)(4/4 ページ)
前回はパワー半導体の次世代材料であるSiCとGaNのウエハーに注目し、企業ごとの開発動向を知財の観点から説明した。今回は、国や地域ごとに状況を解説した後、特に日本企業の特許出願状況を分析する。技術者が自ら特許情報を検索する手法についても紹介しよう。
評価できないモノは作れない
省エネルギーの観点から、パワー半導体デバイスの需要が見込まれていますが、デバイスの作製には基板となるウエハーが必要不可欠です。ですから、パワー半導体向けウエハー技術の進展とウエハー産業化のメドなくして、パワー半導体デバイス事業は成立しません。その意味では、今回の調査結果は、パワー半導体デバイス産業を開花させるウエハー供給事業の準備が整いつつあることを示しています。
技術開発を経験した方々はご存じのことですが、「評価できないモノ」を作ることは困難です*10)。
*10) 評価できないモノを作ることの困難さについては、別掲記事を参照。
ですから、ウエハー供給企業は自社内で評価用素子やデバイスを作り、自社での評価結果に基づいたウエハー開発/試作ができなければなりません。同時に、デバイス企業からの要求仕様/項目をウエハーの特性評価に結び付けられる能力を持ったウエハー供給企業でなければ、ウエハー事業開発競争から脱落するでしょう。
現在のSiCウエハー供給のトップ企業であるCreeは、SiCウエハー上に作り込んだダイオードを販売しており、2011年1月には、MOSFET製品も発表しています。Creeは、パワー素子の製造を行うことで、パワー素子の立場から見て必要とされるウエハー/基板の特性改善を迅速に進める事業体制を整えており、SiCウエハー市場での生き残り対策を済ませています。
この動きに対抗するかのように、SiCパワー半導体デバイス企業であるロームは、2009年10月に、ドイツSiemensからSiCウエハー供給企業であるドイツSiCrystalの株式74.5%を取得し、SiCrystalの筆頭株主になりました。
SiCパワー半導体の性能や製造コストの決定要因の1つは、SiCウエハーの品質と価格、そしてサイズです。そのため、高品質で安い、大口径SiCウエハーが求められています。高品質ながらも比較的安価なウエハーを提供してきたという定評のあるSiCrystalを獲得することで、ロームはSiCパワー半導体事業開発をさらに加速させることを狙っています。
パワー半導体向けSiCウエハーを手掛ける企業は増えていますが、今のところCreeが依然として高いシェアを占めています。そして、市場にはSiCパワー半導体の安定供給そのものを不安視する声があります。ですから、ロームのSiCrystal買収は「SiCウエハー安定供給源の確保」であると同時に、「ウエハー事業という利益の源泉を自社内に取り込む」という事業開発戦略の視点で捉えることができます(次回はこちら)。
新たなワイドバンドギャップ半導体も登場
SiCやGaN以外にも有望な次世代パワー半導体が開発されています。タムラ製作所は、SiCやGaNとは異なり融液成長法による単結晶基板の製造が可能であり、その際に必要なエネルギーやコストの大幅な削減が見込まれる酸化ガリウム(Ga2O3)に取り組んでいます。単結晶基板製造と薄膜結晶成長、デバイスプロセス技術を組み合わせて、電界効果トランジスタの一種であるMESFET(Metal Semiconductor Field Effect Transistor)を作り込み、その動作実証に世界で初めて成功したという報告があります。
具体的には、融液成長法の1つであるフローティングゾーン法で試作した単結晶Ga2O3基板上に、MBE(分子線エピタキシー)法によって成長した高品質n型酸化ガリウム薄膜をトランジスタのチャネルとして用いています*A-1)。今後はデバイス性能の向上とMBEに替わる、より生産性の高い手法の開発が求められます。
*A-1) 関連記事「未来の省エネ材料に新候補、“酸化ガリウム”のトランジスタ動作が初実証」、タムラ製作所の論文。
特許の分析仕様・条件
後編では、以下に示した分析条件で各社の動向を考察しました。特許データベースの使い方が分かれば、皆さん自ら、下記の条件検索パラメータを活用して確認できます。
データベース
項目 | 内容 |
---|---|
外国特許 | CPA Global Discover(日本技術貿易のご好意で試用しています) |
日本特許 | CKSWeb(中央光学出版のご好意で試用しています) |
分析条件
項目 | 内容 |
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外国および日本特許 | 特許検索方法 次世代パワー半導体を分析するには既に用意された特許分類だけを用いた特許検索では無理があります。そこで、IPC(国際特許分類)と技術用語を組み合わせた簡略な特許検索式を作成しました。SiCウエハー(エピタキシャル層までを含める)特許検索に利用できそうなIPCとしては、 (1)C30B 29/36:「材料または形状によって特徴づけられた単結晶または特定構造を有する均質多結晶物質」のうち、「無機化合物または組成物であるもの」のうち、「炭化物」 (2)C30B 19:液相エピタキシャル成長 の2つがあり、SiCあるいは炭化珪素、炭化ケイ素という材料を示す技術用語が、発明の名称/Title、特許請求の範囲/Claims、抄録/Abstractに使われているであろうことを考慮すると、簡略な検索式は次のようになります。 SiCウエハー簡略特許検索式: C30B 29/36+C30B 19*(SiC+Silicon Carbide)+C30B 23*(SiC+Silicon Carbide) C30B 29/36+C30B 19*(SiC+炭化珪素+炭化ケイ素)+C30B 23*(SiC+炭化珪素+炭化ケイ素) 次に、GaNウエハー(エピタキシャル層までを含める)特許検索に利用できそうなIPCとしては、 (1)C30B 29/38:「材料または形状によって特徴づけられた単結晶または特定構造を有する均質多結晶物質」のうち、「無機化合物または組成物であるもの」のうち、「窒化物」 (2)C30B 19:液相エピタキシャル成長 の2つがあり、GaNや窒化ガリウムという材料を示す技術用語が、発明の名称/Title、特許請求の範囲/Claims、抄録/Abstractに使われているであろうことを考慮すると、簡略な検索式は次のようになります。 GaNウエハー簡略特許検索式: C30B 29/38+C30B 19*(GaN+Gallium Nitride)+C30B 23*(GaN+Gallium Nitride) C30B 29/38+C30B 19*(GaN+窒化ガリウム)+C30B 23*(GaN+窒化ガリウム) |
筆者紹介
菅田正夫(すがた まさお) 知財コンサルタント&アナリスト (元)キヤノン株式会社
メールアドレス:sugata.masao[at]tbz.t-com.ne.jp
1949年、神奈川県生まれ。1976年東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修了(工学修士)。
1976年キヤノン株式会社中央研究所入社。上流系技術開発(a-Si系薄膜、a-Si-TFT-LCD、薄膜材料〔例:インクジェット用〕など)に従事後、技術企画部門(海外の技術開発動向調査など)をへて、知的財産法務本部特許・技術動向分析室室長(部長職)など、技術開発戦略部門を歴任。技術開発成果については、国際学会/論文/特許出願〔日本、米国、欧州各国〕で公表。企業研究会セミナー、東京工業大学/大学院/社会人教育セミナー、東京理科大学大学院などにて講師を担当。2009年キヤノン株式会社を定年退職。
知的財産権のリサーチ・コンサルティングやセミナー業務に従事する傍ら、「特許情報までも活用した企業活動の調査・分析」に取り組む。
本連載に関連する寄稿:
2005年『BRI会報 正月号 視点』
2010年「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435
おことわり
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