「英語」に嫌われても「人」に愛されればよい 〜海外赴任を乗り切る秘訣〜:「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(20)(2/4 ページ)
さて、本連載も佳境にさしかかりました。今回は、ついに海外赴任へと旅立ちます。海外出張と決定的に異なるのは、生活するための基盤を自分で立ち上げなくてはいけないこと。銀行口座の開設に始まり、アパートを契約したり、電話、水道、ガス、インターネットを引いたりするための交渉を続けるうちに、私が学校で学んだ英語は大きく崩壊していきました。実践編(海外赴任)となる今回は、私が赴任を通して学んだ秘訣を紹介します。
5秒で海外赴任を承諾
さて、私を海外赴任させる立場であった上司も、いろいろ考えていたように思えます。海外出張とは異なり、海外赴任ともなれば、本人の同意なく業務命令を行うことはできないでしょう。
赴任開始予定日からさかのぼること3カ月、上司より、海外の会社と共同プロジェクトを行う話を正式に打診されました。
その場の勢いだけでこれまでのエンジニア人生を生きてきた私ですが、その当時、結婚して長女も生まれていました。そのような話を、おいそれと受けることができるわけもありません。
江端:「海外赴任ですか……。妻とも相談しなければなりません。少しだけ、考える時間を頂いてもよろしいでしょうか」
上司:「江端君、コロラドには、あの『アスペン』があるんだよ」
江端:「行きます」
上司:「江端君。奥さん……」
江端:「問題ありません。『アスペン』です」(意味不明)
上司の説得は、5秒で完了しました。
スキーフリークであった私に、世界で最も有名なスキーリゾートの名前を出して、見事に丸め込んだ上司の戦略勝ちです。「君のためになる」とか「キャリアアップ」という凡庸なセリフで私をムッとさせることもなく、数秒でケリをつけた上司の機転の利いた説得に、今回も「また、やられた」という気持ちになりました。
さて、こうなると、今度は私が嫁さんを説得しなければなりません。
まだ1歳の幼児を抱えて、在米日本人の存在が確認できていない(当時、本当に分からなかった)、聞いたこともない「フォートコリンズ」という街に、一緒に来てくれるだろうか。
同僚には、本当にこの赴任を心配している者がいました。
「江端さん、およしなさいって。病気になった時や事故に遭った時、本当に対応できると思っているのですか」
このようにはっきり言われると、私も少しずつ不安になってきました。確かにむちゃだったかもしれない。これまでの一人旅や海外出張とは次元が違う。嫁さんと、きちっと話をして、場合によっては単身赴任も考えなければ。
そのように考えをまとめてから、私は意を決して嫁さんに電話しました。
嫁さん:「え!決まったの? どこどこ? いつから? どの位の期間? えっ、何? 『本当に行くのか』って何の話?」
説得の必要もありませんでした。フットワークの軽い(そして、私よりは「英語に愛されている」ように見える)嫁さんと結婚して、本当に良かったと思った瞬間でした。
『大丈夫だ。私一人ならダメかもしれないけど、嫁さんと二人なら、どんな状態になろうとなんとかなるわい! どこに行ったって、全て“日本語”で押し通してくれるわ! わーはっはっ!!』
と、陽気な気持ちになってきました。
さて、最後の仕事は部下(後輩)の説得です。
今回の海外赴任は、私がメンター(指導員)をしていた後輩とセットの話であり、実は彼にとって、今回の海外赴任が人生最初の海外渡航になるといういわく付きでした。
彼が、私に気兼ねして正直な気持ちを言えないまま、赴任に付き合わせるようなことになったら、メンター失格です。
ですから、私は慎重の上にも慎重に彼に尋ねました。
江端:「いいか。嫌なら正直に言ってくれ。会社を敵に回しても、必ずこの話を『つぶしてみせる』から、絶対に遠慮するな」
後輩:「えーとですね、江端さん。私、『行きたい』です」
江端:「うん、そうだろう。やっぱり、最初の海外がいきなり赴任というのはキツイ……え? 今、『行きたい』って言った?」
後輩:「言いました」
江端:「なんで?」
後輩:「なんで、と言われましても」
江端:「もう、『取り消し』きかないよ」
後輩:「いいですよ」
少し、過剰に心配しぎたかなーとも思いましたし、正直、彼が何を考えていたのか*3)、よく分かりませんでしたが、本人が『行きたい』と言うのであれば、是非もありません。
*3)後輩談:初めての海外が赴任というのは正直きついけど、受け身な性格の私のこと、自分からアピールして海外赴任を希望することなんてないだろう。この機会を逃したらもうチャンスはない。今「行く」と言わずしていつ言うのか、と考えていました。
よし! いっちょう、海外でがんばってみるか!
と、天を仰ぐと……、一面に黒雲が漂い、今にも大雨や大雪が降りそうな、私の決意とは真逆の、実に不吉な空模様だったことを覚えています。
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