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「英語」に嫌われても「人」に愛されればよい 〜海外赴任を乗り切る秘訣〜「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(20)(4/4 ページ)

さて、本連載も佳境にさしかかりました。今回は、ついに海外赴任へと旅立ちます。海外出張と決定的に異なるのは、生活するための基盤を自分で立ち上げなくてはいけないこと。銀行口座の開設に始まり、アパートを契約したり、電話、水道、ガス、インターネットを引いたりするための交渉を続けるうちに、私が学校で学んだ英語は大きく崩壊していきました。実践編(海外赴任)となる今回は、私が赴任を通して学んだ秘訣を紹介します。

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「英語」に愛されなくても……

 この口座開設以後、多くの生活インフラ立ち上げに関わる交渉を経ることで、私がこれまで習ってきた英語は劇的な崩壊を始めます。

 ひと言でいうと「学校で習ってきた英語のルールを、全て忘れた」ということです。

 接続詞の“When”で2つの節をつないだ英文なんぞ、1回も使わなかったし、聞いたこともない。

 時制なんぞ、過去形にするか、動詞の原型にwillを付けるだけで、現在完了形などついぞ登場しなかったし、だいたい、自動詞と他動詞を使い分けたことすらない。

 全部の動詞を、I(私)を主語とする他動詞として使っていました(例:「私は、この契約書の内容に混乱しています」と言いたいのを、“I confuse the contract”「私はその契約書を混乱させました」と言っていた)し、Don't youで始まる英語に、“Yes, I don't”「はい、違います」などと、平気でしゃべっていました。

 このように、学校で習ってきた英語のルールをことごとく無視しても、私は、銀行口座の開設からアパート、水道、電気、ガス、電話、携帯電話、インターネットの契約まで、全部完了することができました(ただし、ひと月もかかりましたし、チームにも随分助けてもらいましたが)。

 つまり「英語」になんか愛されなくても、目の前の「人間」に愛してもらえば良いのです。

 私は、

  • 嫁さんにも見せたことのないような「笑顔」と、
  • 上司にすら示したことのない「謙虚さ」と、
  • 私自身ですら見たこともない「誠実さ」*4)

3点セットだけで、「絶望的にひどい英語をしゃべる、異国の地からやってきた気の毒なアジア人」を見事に演じきり、そして、そのような私にコロラドの人々はとても優しかったのです。

*4)若きエンジニアへのエール〜入社後5年間を生き残る、戦略としての「誠実」〜


 では、今回の海外赴任に関してまとめてみたいと思います。

(1)今なお、海外赴任の中でも、特に米国赴任に対する「エリート幻想」は存在する。しかし、その幻想で幸せになれる人がいるなら、放置しておいてもよい
(2)海外赴任に関する最終判断は、本人に任せるしかない。こればかりはコントロールできない。あまりいろいろ考えても仕方がない
(3)「誰かがなんとかしてくれる」「そのうち、なんとかなる」という願望は日本に捨てていく。海外の生活では、「『自分のこと』は全て『自分のこと』」という現実が待っている
(4)英語に愛されないエンジニアが、海外で生活するには、「英語」に愛される必要はない。「人間」に愛してもらうように(または、そう見えるように)努力することで、なんとかなる(場合もある)


 では、次回は、ちょっと普通のリポートではみられない、本音ベースの「英語に愛されないエンジニア」の海外赴任生活の実体について報告したいと思います。

 NHKラジオ・テレビの語学番組に登場するような、理知的で、誠実で、ユーモアと、決断力にあふれる米国人は実在するのか。それは「バーチャルアイドル 初音ミク」と同様の「バーチャルパーソナリティ 米国人」ではないのか ―― という観点から、私の米国赴任生活をレビューしてみたいと思います(EE Times編集部からお許しをいただければ*5))。

*5)編集注:どうぞどうぞ


本連載は、毎月1回公開予定です。アイティメディアIDの登録会員の皆さまは、下記のリンクから、公開時にメールでお知らせする「連載アラート」に登録できます。


Profile

江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。



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