AIの“苦悩”――どこまで人間の脳に近づけるのか:“AI”はどこへ行った?(5)(1/3 ページ)
人工知能(AI)の研究が始まった1950年代から、AI研究の目的は「人間の大脳における活動をいかにコンピュータ上で実現させるか」だ。大手IT企業や大学の努力によって、AIは少しずつ人間の脳に近づいているのは確かだろう。一方で、自然言語処理の分野では、“人間らしさ”を全面に押し出した「人工無能(人工無脳)」も登場している。
ミステリーだらけの人間の脳
人間の脳のメカニズムは未知で、いまだに解明されていない領域がたくさんある。医学、生化学、脳科学といった分野では、日々、研究が続けられているが、人間の脳が完全に解明されるには、あと何年かかるか見当もつかない。なぜ夢を見るのか、感情はどこから生まれるのか? なぜ、心や意識を持ち、考え、記憶することができるのか? 物忘れもすれば、単純な錯覚に騙されることもある。意外と人間臭くて憎めないと言うのも変だが、詳しく解明されていないもの(例えば脳など)ほど神秘的でミステリアスに感じる。
電子工学的に脳を見れば、脳の神経細胞は電気信号を使って情報をやり取りしている。脳波の測定も、この電気信号の強弱(振幅)、周波数を測定しているにすぎない。同じようにコンピュータも2値の電気信号だ。「なんだ、脳もコンピュータも理屈は一緒じゃん! それなら、すごく賢いコンピュータを作れば、人間の脳と同じことができるようになるはずだ」と考えるのは、ごく自然な流れだったのかもしれない。しかし、AIの歴史を見れば分かるように、人間の脳と同等の振る舞いをするAIはまだ実現していないし、前回書いたように、ビッグデータのうち非構造化データの解析に活用されるなど、自然言語処理、画像・音声認識、機械学習に代表される「ソフト型AI」へのシフトが進んでいる。
DNAとゲノム解析
さて、あまり解明されていない脳に比べて(比べるのもおかしいが)、遺伝子の情報をつかさどるDNA、特にゲノムはほぼ解明されつつある。DNA、ゲノム……? と唐突に感じるかもしれないが、後の章の「ニューラル・ネットワーク、ディープ・ラーニング」で登場するので、ここは軽く「ふ〜ん……」と読み流していただいて構わない。
DNAが集まり遺伝情報を持つもつ単位となったものを、ゲノム(染色体)と呼ぶ。染色体は23組46本で、この中に遺伝子情報が組み込まれている(正確には22組で、残りの1組は男女の性別に寄与する染色体だ)。染色体は父親・母親からそれぞれ半分を受け継ぐ。23組の組み合わせなので、母親からは「223=838万8608通り」となる。同じように父親からも「223=838万8608通り」。
したがって、両親から生まれる子供の遺伝子の組合せは「223・223=246=70兆3687億4417万7644通り」という、とんでもない数字になる。70兆通り以上ある組み合わせで、ほんの少し違うだけでも、兄弟・姉妹でそっくりになったり、外見も性格も全く正反対になったりするのだ。実際には、この膨大な遺伝子情報のうち遺伝情報に寄与するのは数十パーセントだが、それでも天文学的な数の組み合わせであることは間違いない。この解明に貢献したのはコンピュータ技術の進化だ。膨大な組み合わせをいちいち人間がやること自体、バカらしいし現実的ではない。
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