検索
連載

AIの“苦悩”――どこまで人間の脳に近づけるのか“AI”はどこへ行った?(5)(2/3 ページ)

人工知能(AI)の研究が始まった1950年代から、AI研究の目的は「人間の大脳における活動をいかにコンピュータ上で実現させるか」だ。大手IT企業や大学の努力によって、AIは少しずつ人間の脳に近づいているのは確かだろう。一方で、自然言語処理の分野では、“人間らしさ”を全面に押し出した「人工無能(人工無脳)」も登場している。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

AIはコンピュータなのか、脳なのか

 AIについて少し整理をしよう。元々、筆者なりのAIの定義は“人工的に作られた知能”である。第1回「“AI”は死語!? 検索すると、歌手がずらり……」で示したように、「単独で考えることができる」「意志を持つことができる」の2つに加えて、「感情を持つことができる」だ。

 これまでも、そして今回も冒頭に“脳”の話をしたが、よくよく考えてみると、「人工知能は脳なのか?」ということに行き着く。人工知能(AI)は“人工的に作られた知能”なのか、“人工的に作られた脳”なのか、そもそもどちらの話をしていたのか分からなくなる。

 元来、古典的なAIの研究では、人間の脳の代わりをしてくれるものを期待する方が多かった。映画の話もこれまでに何回かしてきたが、特にSF映画に登場するロボットは、知性を持ち、自分で考え、自らの意志で動き、感情を持つものも多い。

 “脳”と“知能”について、ここで専門的に議論をするつもりはないが、少なくとも“脳”と同じようなことをAIにさせるためには、人間の脳のメカニズムが解明されなければできない。一方で、“知能”について、ある一定の規則性を見いだし、見いだした規則性に従って学習を行い、膨大なデータから何らかの解を導き出す作業はコンピュータが最も得意とするところだ。その処理速度などの性能向上があればあるほど望ましい解が短時間で得られる。

 先のDNAと脳の話に照らし合わせてみよう。

 DNAの解析をはじめ、ビッグデータの解析には、それなりのアルゴリズムを有しプログラミングされた高性能なコンピュータがあれば実現可能だ。人間が一生かかってもできない膨大かつ複雑な計算をコンピュータは不眠不休で処理してくれる。その一方で、ビッグデータの解析を行い、新しい規則性や法則を見いだしたとしても、コンピュータが「やったぁ!」と喜び、達成感を感じたり、自慢げに誇らしげな態度を取ったりはしない。さらに、その規則性や法則を何かに生かそうと考えることもないだろう。したがって、“人工的に作られた知能”とは言えるが、“人工的に作られた脳”とは言えない。

今一度、AIの定義を

 ややこしくなってきたので、もう一度、AIについて定義してみよう。

 古典的なAIにおいては、限りなく人間の“脳”に近い振る舞いをするものが人工知能であるとされている。先に述べた“人工的に作られた脳”のことを言う。第4回「AI活用の本命はビッグデータなのか?」で、筆者が独自に「ハード型AI」と呼んでいたものだ。ところがこれはなかなか日の目を見ず、ビッグデータ解析にみられる機械学習など、「ソフト型AI」にシフトしている。

 「ハード型AI」が脳に近い存在であるとすれば、「ソフト型AI」は“うんと賢いコンピュータ”になる。つまり、「ハード型AIからソフト型AIへシフトしている」という認識は正確ではなく、そもそも、AIが「人間の脳」を目指すのか、「うんと賢い、学習するコンピュータ」を目指すのかによって、AIの定義が変わってきてしまうわけだ。

 したがって、以下のように筆者は区分している。

A(ハード型AI):AIは、人工の知能を搭載したもので、人間の“脳”に近いことを行える
B(ソフト型AI):AIは、賢いコンピュータで、人間が知能を使って行うことを、機械(コンピュータ)によって効率的に行える

 ご存じのとおり、B(ソフト型AI)の分野において、膨大な計算量、計算速度、正確性においては、コンピュータは人間の脳の処理能力を凌駕していることは紛れもない事実だ。その一方で、人間のように、「意志を持ち、感情を持ち、未来のことを推論し、時には直感にしたがって意思決定を行い、行動する」ことは、人間ならではのものであり、コンピュータが持つ類のものではない。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る