「これまでのロボット掃除機は“掃除機”ではない」――ダイソン 360 Eyeの開発者に聞く:開発費は49億円、サイクロンも一から設計(2/2 ページ)
16年に及ぶ開発期間を経てロボット掃除機「360 Eye」を発表したダイソン。カメラで全方位を見回し、自身の位置をミリ単位で把握して掃除を行う。デジタルモーターの他、ゴミと空気を遠心力で分離するサイクロン機構も一から開発し、強い吸引力を追求した。ダイソンでロボット工学主任を務めるMike Aldred氏は、「これまでのロボット掃除は、ロボットではあるが“掃除機”とは呼べない。自分たちで“本物のロボット掃除機市場”を作る」と強調した。
ダイソンの掃除機といえば、ゴミと空気を分離する「サイクロン」機構(円錐形の筒をいくつか組み合わせている)が有名だが、360 Eyeにもその技術は生かされている。ダイソンでロボット工学主任を務めるMike Aldred氏に、360 Eyeについて話を聞いた。
16年前からロボット技術を研究
EE Times Japan(以下、EETJ) 360 Eyeの最大の特長は何でしょうか。
Mike Aldred氏 周囲を全方位、撮影して自分の位置を把握するという点です。360 Eyeは、カメラで撮影している映像から、額縁やテレビの縁、時計、いすの背もたれなど、凹凸の大きい箇所や特徴的な箇所を探し、目印として認知して部屋のマッピングを行います。360度ぐるりと見回せる他、傾斜も45度までなら見上げることができます。これらの情報を処理して、自分の位置をミリ単位で正確に把握します。
EETJ なぜ、ロボット掃除機の市場に参入したのですか。
Mike Aldred氏 当社の創業者であるジェームズ・ダイソンは、常に新しい技術を取り入れようとする人物です。中でもロボット工学については、「今後最先端の技術になる」と、以前から注目していました。実際、当社は16年間にわたりロボットの研究を続けています。その技術を掃除機に応用できると考えたのです。
微調整を繰り返したサイクロンの小型化
EETJ 360 Eyeはかなり小型で、サイクロンも小さくなっています。これは、一から開発したのでしょうか。
Aldred氏 その通りです。サイクロンは遠心力でゴミと空気を分離するための大切な機構で、360 Eye用に開発し直しました。新しいものは「Radial Root Cyclone」と呼んでいます。サイクロンは当社の既存の掃除機に搭載されていますが、360 Eyeに搭載するからといって、そのまま縮小して流用すればいいというわけではありませんでした。
サイクロンで最も重要なのは空気の流れですが、サイクロンを小型化すると、この空気の流れに影響が出てきます。空気がうまく流れないと、ゴミと空気を分離する性能が落ちてしまいますから、そこを犠牲するわけにはいきません。
開発では、まずは一気に目標の大きさまで小型化し、空気の流れを何度もシミュレーションしながら調整を重ねました。最終的には、当社の既存品に搭載されているサイクロンと同じレベルの空気の流れを実現しています。サイクロンは、ロボット掃除機本体の直径をわずか1mm小さくするだけでも、(筒の)直径や長さを微調整しなければならないほど繊細な機構なのです。
EETJ 360 Eyeを開発する上で最も難しかった点はどこでしょうか。
Aldred氏 “脳”の部分ですね。ロボットはさまざまなシステムを組み合わせていますし、カメラからの画像データと各種センサーからのデータを常に処理するので、かなり複雑なシステムになります。さらに、開発にかかった十数年の間にプロセッサも進化していますから、採用するプロセッサの進化に合わせて開発し直すといったことも繰り返しました。360 Eyeの開発には200人以上のエンジニアが携わったので、どうチームワークを維持するかにも気を使いました。
EETJ ビジョンシステムを取り入れると、設計などが複雑になり、コストが高くなるのではないでしょうか。
Aldred氏 確かにシステムは複雑です。ただ、360 Eyeはあくまでも家庭用ですからコストをできるだけ抑える必要がありました。そこで、インペリアル・カレッジ・ロンドンと共同で開発を進めました。ここは、ロボットに採用するビジョンシステムについて世界でも有数の研究を行っています。同大学の力を借りることで、ビジョンシステム向けのアルゴリズムを低コストで開発することに成功しました。
EETJ ちなみに、暗い所では動けるのでしょうか。
Aldred氏 ビジョンシステムですので、真っ暗な所では動けません。ただ、側面に赤外線ライトが付いていますので、ソファの下や裏など、多少暗い所に入り込んでもその明かりを頼りに掃除をすることはできます。
「これまでのロボット掃除機は、“掃除機”ではない」
EETJ 競合品も増えてきています。例えば、日本ではiRobotの「ルンバ」が有名ですよね。
Aldred氏 競合他社品は、360 Eyeに比べると動きが必ずしも規則正しくはなく、電池を無駄使いせずに効率的な掃除ができているかは、あまり保証されていません。そういった意味で、これまでロボット掃除機として発売されてきた製品は、単に“ロボット”であって“ロボット掃除機”とは呼べないと考えています。
その点、四角いらせん状に動く360 Eyeは効率がよく、新開発のモーターとサイクロン機構で吸引力にも優れています。無駄のない動きと吸引力の2点が、競合他社品との差異化ポイントになります。360 Eyeの発表までには10年以上の長い年月がかかりましたが、「製品として市場に投入するなら完璧なものを作りたかった」という思いがあったからです。満足のいく製品ができるまで、とにかく試行錯誤を繰り返しました。
“本物のロボット掃除機”の市場を作る
EETJ ロボット掃除機の世界市場については、いかがですか。
Aldred氏 確実に伸びていくと見込んでいます。ただ、世界的にみると実はロボット掃除機に対する消費者の期待値はそれほど高くないと感じています。ですから、ニーズに合わせて開発したというよりも、むしろ、360 Eyeによってロボット掃除機に対する印象を変え、私たちで“本物のロボット掃除機”の市場を作り、拡大を狙いたいと思っています。
EETJ 今後の開発方針についてお聞かせください。
Aldred氏 具体的なことは明かせないのですが、先ほど言ったように当社はロボット研究に力を入れています。今回発表した製品はロボット掃除機ですが、今後はロボット工学を他の家電にも応用したいと考えています。
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