ADI技術フェローに聞く高精度A-Dコンバータ技術トレンド――「ノイズ密度」と「電力密度」を注視せよ:INL、DNLでコンバータを評価するな(1/2 ページ)
アナログ・デバイセズ(Analog Devices)の技術フェローで、高精度コンバータのテクノロジー・ディレクターを務めるColin Lyden氏が来日し、EE Times Japanのインタビューに応じた。「いずれ高精度コンバータは、SAR型、シグマデルタ型の区別はなくなり、そしてスマート化していくだろう」など、今後のコンバータ技術トレンドを語ってもらった。
A-Dコンバータ、D-Aコンバータといったコンバータ製品の大手メーカーであるアナログ・デバイセズ(Analog Devices/以下、ADI)。常に、先端技術を取り入れ、先進的なコンバータ製品を世に送り出してきた。そのコンバータ製品の中でも、より高い精度を実現する高精度コンバータの技術開発の先頭に立つ同社技術フェロー Colin Lyden氏にインタビューする機会を得た。
高精度コンバータの今後の技術トレンドとともに、ADIとしての開発方針などについて聞いた。
SAR型、シグマデルタ型の区別はなくなる
EE Times Japan(以下、EETJ) 高精度コンバータのこれからの技術トレンドはどのようなものでしょうか。
Colin Lyden氏 高精度コンバータは現在、SAR(逐次比較レジスタ)型とシグマデルタ(ΣΔ)型に分かれているが、今後は、この2種の区別はなくなるだろう。SAR型はより精度が上がり、シグマデルタは速度が上がっていくだろう。既にわれわれ、ADIは、SAR型、シグマデルタ型、さらにはパイプライン型をも融合させたコンバータ技術開発を盛んに行っている。
もう1つ長期的なトレンドとして、コンバータは、これまでコンバータ周辺にあったさまざまなものを取り込み、スマート化していくというものがある。1つ例に挙げるとするならば、コンバータの堅牢化だ。具体的には過電圧保護の機能を取り込んでいく必要があり、EMCフィルタリング機能も取り込んでいくだろう。さらには機能安全もコンバータは備えることになるだろう。現在、ユーザーがコンバータの周りに、実装しているさまざまなものを、われわれコンバータメーカーは取り込まなければならない。
この2つのトレンドを総合すると、われわれコンバータメーカーは、「コンバータをユーザーにとってより使いやすい存在にしていかなければならない」ということだ。
変わるコンバータの評価軸、競争軸
EETJ SAR型とシグマデルタ型の区別がなくなっていく中で、どういったコンバータを選べば良いか、評価方法などはありますか。
Lyden氏 コンバータの評価方法は、この10年間でも大きく変わってきている。
コンバータの評価はこれまで、INL(積分非直線性誤差)、DNL(微分非直線性誤差)を用いる方法が一般的だった。しかしながら、SAR型、シグマデルタ型を問わず、それぞれかなりのレベルで改善され、INL、DNLだけの評価は意味を成さなくなり、不十分だ。
また従来の評価軸として、サンプリング速度もあるだろう。ただし、高精度コンバータにとっては、大きな問題ではない。高精度A-Dコンバータの用途といえば、工業用センサーやオーディオ、バイタルサインを検知する医療機器などだが、これらの用途で必要なコンバータの変換速度は10kHzもあれば十分だ。われわれは、もう既にメガサンプル級の高精度A-Dコンバータが作れるわけであり、もはや1Mサンプル/秒であるとか、2Mサンプル/秒であるとかは問題ない。
さらに、必要なサンプリングレートよりも高速な技術があるため、オーバーサンプリングも好きなだけ行える。すなわち、好きなだけの分解能を得ることができるということだ。実際、オーバーサンプリングをすることで24ビット分解能のSAR型A-Dコンバータも製品化できている。速度も分解能も、もはや問題ではない。
速度も分解能も、もはや問題ではない
EETJ では、コンバータの新たな評価軸となるのは何でしょうか。
Lyden氏 問題になるのが、ノイズと消費電力だ。
高速のA-Dコンバータで答え(出力)を平均化するとノイズは抑えられるということは広く知られている。そして、より電力を大きくすることでもノイズは下がるということも理解されているだろう。
このように、電力とノイズの大きさにはトレードオフが生じる。そこで、新たな評価尺度が必要になる。
高速A-Dコンバータの場合には、ノイズ密度を基本的な尺度としてみればよいだろう。そして、ノイズ密度をよくするためには、電力効率がどうなっているかをみなければならない。特に高精度A-Dコンバータの世界では、電力を使えば使うほど、ノイズを下げられる。しかし、消費してよい電力には限界がある。電池駆動であれば、電池容量に制約される。電池駆動でなくても、熱設計面で消費電力の制約は存在する。だから、電力効率という尺度が重要になる。
われわれは、既に自社や競合のコンバータを評価する方法として、ノイズ密度、電力密度を活用している。
ノイズ密度、電力密度を使った評価方法
EETJ ノイズ密度、電力密度を使った評価方法をもう少し詳しく教えてください。
Lyden氏 米スタンフォード大学で、製品化、論文発表されたA-Dコンバータ全てに関して調査し毎年結果を公開しているMurmann教授がいる。
この図は、「Schreier Figure」と呼ばれるもので、縦軸が電力効率であり、横軸が速度だ。ある速度から、電力効率が上がらなくなっているのが分かると思うが、これは回路に存在する寄生容量が、ある一定の速度まで上がると電力を消費するためだ。
われわれは、競合などのA-Dコンバータを評価する場合にこの図を見て、「電力を上げたことによってノイズを下げたのか」「本当に進歩したのか」を見極めている。ちなみに、われわれだけでなく、ある計測機器メーカーも、この図を使ってコンバータ製品選びに役立てている。
なお、この図の左側が高精度A-Dコンバータ、右側が高速A-Dコンバータの領域になる。そして、縦軸の電力効率の進化は、比較的遅い。5〜6年かけて、2倍になるというゆっくりとした速度だ。一方、横軸、速度の進化は速い。微細化プロセスが導入されるごとに進化するためだ。ただし、高精度A-Dコンバータの立場ではあまり微細化技術に対して、関心がない。
ノイズ密度、電力密度に優れたコンバータ
EETJ 既に、電力密度、ノイズ密度を重視した開発を行われているのですね。
Lyden氏 最近の開発成果を表すものとして、もう1つの図を紹介しよう。
この図は、横軸に電力密度、縦軸にノイズ密度をとったもので、右下に赤く囲った部分がわれわれの仲間が、2014年の学会「VLSI」(Symposium on VLSI Circuits)で発表したA-Dコンバータだ。図には書かれていないが、「AD7960」という型番のコンバータだ。これまでの多くの高精度A-Dコンバータよりもノイズ密度、電力効率の双方が改善しているということが分かるかと思う。
EETJ AD7960のINL、分解能はいくらですか。
Lyden氏 もちろん、直線性が悪い状態であったならば、それは良くないだろうし、分解能も限られていれば、オーバーサンプリングも行えないので好ましい状態ではない。
ただ、最新の16ビット、18ビット、20ビットの分解能を持つ高精度A-Dコンバータにとって、INLや分解能はもはや問題にはならない。紹介したAD7960は、INLは±2ppmであり、18ビットで1LSBに相当するものだ。DNLは、測定限界にまで達し、0.3ppm以下だ。INL、DNLがもはや評価軸として十分でないことが分かってもらえるだろう。
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