量子コンピュータの可能性――量子テレポーテーションのパイオニア・古澤明氏に聞く:【再録】 ITmedia Virtual EXPO 2014 秋(5/5 ページ)
2014年9月30日に閉幕したITとモノづくりに関する日本最大級のバーチャル展示会「ITmedia Virtual EXPO 2014 秋」では、基調講演として、一部でノーベル賞候補として名前も挙がる量子力学の第一人者でもある東京大学の古澤明氏が登壇し、「量子コンピュータの可能性」について、最近の研究成果なども交えながら語った。この基調講演の模様を記事化した。
量子コンピュータ実現はいつ?
EETJ 「完全な量子テレポーテーション」と「超大規模量子もつれ」という2つの実証で、量子コンピュータの実現に大きく近づきましたか?
古澤氏 量子コンピュータはものすごい問題の固まりでして、今まで、「量子コンピュータなんて、できない」というような問題を抱えていましたが、完全な量子テレポーテーションと時間領域での多重による大規模量子もつれができるということによって、「問題がかなり絞られてきたなあ」という気がします。恐らく、問題はほとんど、「量子誤り訂正」に収束してきて、これからは、それ(量子誤り訂正)をやっつければ、結構な確率で、量子コンピュータはできるんだと思っています。
鍵を握る「エラー訂正」
EETJ 量子エラー訂正技術はかなり難しいのですか?
古澤氏 古典力学でも同じですが、元の成功確率が高ければ、誤り訂正というものはそんなに必要がないわけです。
今のコンピュータは、元からエラーは少なく、少ないエラーを訂正するので簡単です。ですが、現在の量子コンピュータの場合は、先ほどのお話したように、50%を少し上回るぐらいの成功確率しかありませんから、それをエラーフリーにするためにはものすごいリソースが必要になるでしょう。
われわれがこれから取り組むべきことは、まずは、誤り率を下げるということです。そして、そこそこ誤り率が高くても動くエラー訂正のプロトコルを考えることなんだと思います。
EETJ 量子コンピュータの実現時期はいつごろですか。
古澤氏 それは、良い質問ではありますが、答えられないですね。それは、トランジスタが発明されていない時期に「いつトランジスタが発明されるのですか?」っていう質問と同じで、答えられないのです。
コンピュータの歴史も、最初は、真空管のスイッチから始まって、体育館ぐらいの大きさのところで、たわいもない計算を行っていました。それが、トランジスタが発明されて、トランジスタスイッチに変わって、ICができ、LSIができという感じで、現在に至っているわけです。
そういうコンピュータに例えるならば、われわれの量子コンピュータは、体育館世代の量子コンピュータです。だから今後、トランジスタが発明され、ICが発明され、というイノベーションがないと、先に進めないわけです。でも、そうしたイノベーションは起こると信じていますが、ただ、それがいつ起こるかは、残念ながら私には分からないですね。あしたかもしれないですし、10年後なのか、20年先なのかは分かりません。
できると信じて
EETJ ですが、量子コンピュータの実現は、少し見えつつありますよね。
古澤氏 原理的には、エラー率を10%程度まで抑えるための技術にメドは付きつつあります。ですから、10%のエラー率で、誤り訂正ができるプロトコルが生まれてくれば、それで終わりなのかもしれませんね。まあ、微細化も必要でしょうが。
ただ、現状、最も効率が良いとされるエラー訂正プロトコルでも、エラー率は1%を切らなければなりません。だから99%の成功確率が必要なのですが、まだそこまでマシンが追い付いていません。ですので、マシンのエラー率をそこまで下げるということを目指すのも1つの方向性ですが、同時に、90%の成功率でもエラーフリーのエラー訂正プロトコルを考えるべきでしょう。当然、両方から攻めていくと思います。
EETJ 自らの手で量子コンピュータを実現できそうですか。
古澤氏 それは、イエスともノーとも言えませんね。でも、できると信じてやっています。
高速な必要はない
EETJ 量子コンピュータが実現されれば、社会はもっと便利になりますね。
古澤氏 そうした考え方は少しイマイチだなあと思います。この手の考え方は、今のコンピュータが、今と同じようなスピードで速くなるということを前提にしていると思います。ただ、それは幻想にすぎません。
現在のコンピュータは、微細加工の技術から考えても、エネルギー消費の観点からしても、まあ、もうそんなに速くならないレベルに達しています。並列化の規模を大きくして、より高性能なスーパーコンピュータが開発されていますが、そんなのは、もはやエネルギーを食い過ぎて、地球を滅ぼしかねません。
そこで、私が思うには、IT分野の発展が今までと同じぐらいのスピードで、続けるために、量子コンピュータみたいなことを研究しないといけなくなっていると思います。
量子コンピュータであれば、エネルギーの問題を解決できるかもしれません。
そして、微細加工を行わずに、時間領域多重などの技術で済むかもしれません。IT業界の健全な発展のために、量子コンピュータを実現させるしかないと思います。
EETJ ただ、現状のコンピュータよりも、量子コンピュータは圧倒的に高速になりますよね。
古澤氏 量子コンピュータはなぜか、古典コンピュータよりも高速でなくてはならないという呪縛があって、それは、問題設定が間違っていると思います。古典的なアルゴリズムでも良いので、今までのコンピュータよりも消費電力が1/10のコンピュータや、今までのペースで発展していっても破綻しないようなコンピュータであれば、アルゴリズム的に速いコンピュータの必要性はありません。
消費電力を抑えるべき
EETJ 量子コンピュータは消費電力を抑えたコンピュータになるということでしょうか。
古澤氏 消費電力を抑えたものになるように考えるべきだと思います。ただ、消費電力を抑えられる可能性はあります。
今までのコンピュータ、もっと言えば、エレクトロニクス全てが、電子を集団として捉えていて、電子1個1個をみるとランダムに飛んでくるようなところで、動作させているわけです。だから、どうしても熱が出て、効率が悪くなるということが起こるのです。量子コンピュータ、量子力学を使ったアーキテクチャの場合、量子1個、1個を丁寧に扱うのです。電子をバーッとランダムに使うよりも、もっと効率よくスマートにできるはずなのです。
現在、研究開発されている量子コンピュータが必ずしも低消費電力だとは思いませんが、量子1個、1個を丁寧に扱って効率化を図るという考え方は、絶対に使えると思います。
地球温暖化と量子コンピュータ
EETJ 古澤さんの夢はなんでしょうか。
古澤氏 量子コンピュータによって、地球温暖化を止めたいですね。
今、IT業界が発展したことによって、情報爆発が起こっています。それに伴うエネルギーのコストはめちゃくちゃ大きくて、データセンターをいろいろなところに作って、環境破壊も起こしているわけです。そうしたことは、われわれの研究で、もっとサステイナブルと言いますか、人類が生き残れるようにしながら、情報はもっと増やしてもいいような方向に向けていきたいなあ……と。もちろん、夢では、ありますが。
古澤 明 氏(ふるさわ・あきら)
1984年に東京大学工学部物理工学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程へ。86年に修了後、株式会社ニコンへ入社。1988年から東京大学先端科学技術研究センターにて研究員として2年間勤め、1996年にはカリフォルニア工科大学で客員研究員を2年間勤める。2000年に東京大学大学院へ工学系研究科物理工学専攻助教授として戻り、2007年より現職。
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