磁気メモリが「不揮発性メモリ」であるための条件:福田昭のストレージ通信(27) 次世代メモリ、STT-MRAMの基礎(5)(2/2 ページ)
磁気メモリは、記憶したデータを必ずしも安定して保持できるわけではない。今回は、10年以上にわたりデータを保持する不揮発性メモリとして、磁気メモリを機能させるための条件を解説する。
熱エネルギーによるじょう乱に打ち勝つ
ここからはデータの書き換えではなく、データの保存を考えよう。書き込んだデータを長期にわたって保持するときに、データ保持の安定性を脅かす主な要因は熱エネルギー(温度)である。
データが安定に保たれる(磁化が反転しない)確率をPとすると、一定時間(t)後のP(t)は、マイナスtを時定数タウ(τ)で割った値を指数とする指数関数になる。すなわちタウ(τ)がtに比べて極めて大きければ、Pはほぼ1と見なせ、磁化反転はほぼ起こらない。
時定数タウ(τ)は、定数τ0と指数関数exp(KV/((kB)T)の積である。ここでKは磁気異方性定数、Vは磁性体粒子の体積、kBはボルツマン定数、Tは絶対温度を表す。
すなわち、温度による熱エネルギーはkBT、磁気異方性エネルギーはKVであり、両者の比率が磁気記憶の安定性を決めている。なおKVをまとめてΔEと表記することもある。
不揮発性メモリのデータ保存期間として標準的な保証値である10年間を想定すると、秒換算でおよそ3×108秒となる。この間に許容できる不良率(データの磁化反転が発生する確率)を定めると、達成すべき磁気異方性エネルギーΔEの大きさが決まる。
例えば、許容できる不良率を100万分の1(10−6)とすると、ΔE(KV)は熱エネルギー(kBT)の約54倍となる。また許容可能な不良率を1兆分の1(10−12)とすると、ΔEは熱エネルギーの約68倍となる。実用的には、熱エネルギー(kBT)の60倍前後を目安としていることが多い。
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