消えぬ“もやもや”、現場の本音はなぜ出ない?:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(2)(1/4 ページ)
エンジニアとしての在り方や、現場の“言われっ放し感”に悩む技術部の須藤。同期に相談しても、“もやもや”とした感情は募るばかりだ。企画部課長の佐伯は、そんな須藤に、価値を作るとは何か、自分たちを取り巻く組織の風土とは何かを説いていく。
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消えぬ“もやもや感”
前回、課長の森田に対して自社を「腐った会社」と言い放った須藤だが、この発言は須藤の本心ではなかったはずだ。
これまで幾度となく、開発のやり方について上司に具申してきたにもかかわらず、腰を上げない上司に対する怒りに加え、ホンネが出てこない開発メンバーに対する怒りまで溜め込んだ結果、思わず口にしてしまった言葉だ――。少なくとも須藤自身は、そう信じ込みたいと思っている。そうでないと、腐った会社に身を置く自分とは、一体何なんだ……と自分自身の存在意義を見失ってしまいそうだからだ。自宅には仕事のことを持ち込まないと決めている須藤は、会社であった出来事を、育児真っただ中の妻に話すことはない。それもあって、吹っ切れない思いばかりが須藤の頭の中を駆け巡っていた――。
翌日は週末前の金曜日ということもあり、須藤はこの“もやもや感”をかき消すべく、同期の2人に声をかけ、居酒屋で談義した。
2人とも須藤のいる神奈川県藤沢市の湘南工場ではなく、東京本社に在籍している。日々、顔を合わせない環境だからこそ、たまに会ったときに、ばか話から真面目な話までできる関係なのかなと須藤自身は考えている。
同期の1人目は、営業部の末田一樹(35)だ。新卒のころは何かと須藤と意見が合わず、けんかも絶えなかったが、今では互いに本音で語れる間柄だ。会社の将来について朝まで語り合ったこともある。末田自身は経済学部出身だが、新しいモノ好きで、いろいろなものに興味を示す。技術部にもよく足を運び、部門の置かれた状況にも理解が深い。ちなみに、末田の上司の課長である山口豪(47)こそが、「顧客要求を全て満たすようなモノを作れ」と要求する張本人だ。
2人目は、知的財産部の荒木謙一(37)である。荒木は法学部の大学院卒のため、年齢は須藤より年上だ。なんでも弁護士を目指していたらしいが、司法試験には受からなかったらしい。「特許を出せ!」が荒木の口癖だ。入社3年目くらいまでは、「技術のことは分からない法律屋、さらに弁理士でもない癖に偉そうに言うな」と須藤から言われ、よく衝突していた。数年前にようやく弁理士の資格を取得してからは、須藤も荒木を認めたのか、特許について荒木に、まめに相談するようになった。
どうやら須藤は、誰に対しても一度は正面衝突をしてから、仲良しになるタイプのようだ。
末田:「なになに? うちの山口さんが“顧客要求を満たすものを作れ!”って言って、その件で森田さんとやり合ったって?」
荒木:「須藤は俺らに対しても昔はよく衝突したよな。そろそろオトナにならないと(笑)」
須藤:(荒木の言うことには返事をせずに切り出す)「じゃあさ、聞くけど、製品開発って一体何だ? 客から言われたことをそのまま“はい、そうですか”って作ることか? 俺はうちの会社のことを“腐った会社”とまで言い放ってきたんだぞ」
荒木:「また、いきなりけんか腰はやめてくれよ。そもそも、今日誘ってきたのは須藤、お前だぞ!」
須藤:「そうだな。すまんすまん……」
末田:「確かに営業の俺から見ても、顧客の要求が全てだとは思わない。もちろん、顧客は大事だ。それに、個人的には須藤たちエンジニアの気持ちも大事にしたい。本社から工場に行くと、最近は技術部に元気があるように見えない」
須藤:「末田もそう感じるか? ただでさえ今、技術部門は開発工数削減、コスト削減を突き付けられ、おまけに営業部からはさっきの無理難題を吹っ掛けられてるんだ。顧客要求を全部飲んだ製品を作ったとしたら、工数や開発費がいくらあっても足りない。なのに、周りは誰も文句を言わない。それがどうにも腹が立つ。だってどう考えたっておかしいだろ?」
荒木:「けど、組織なんてそんなもんじゃないのかな。いちいち、腹を立てていたらこっちの身が持たないよ。あぁ、でもこないだ、ほら、うちの課長の遠山俊介(47)さんを知っているだろ? 技術部の出身で物静かな人だけど、こないだ、開発力そのものが低下しているんじゃないかと心配していたよ」
須藤:「そりゃ、開発力は低下するし、エンジニア自身も成長しないよ。時間に追われる毎日で、誰も目の前のことをこなすだけで手いっぱいだ。けど、それじゃ、いい製品は作れない。顧客の言われたことを100%満たすことが製品開発なのか? それでは顧客の下請けと同じだ。営業が言う、ごく一握りの顧客を満足させることではなく、世の中から必要とされる製品を開発し感謝される喜びを知ることがエンジニアに必要なんじゃないのか?」
末田:「開発課の森田さんが当てにならないんだとしたら、部長の中村さんに相談してみるのもいいかも。あ、そうだ! 企画部の課長の佐伯慎介(40)さんは結構、物分かりがよいし、中途入社で年齢も俺たちに近い管理職だ。それにお前も尊敬しているだろ。中村さんに相談する前に、一度、佐伯さんと話をしてみたらどうだい?」
須藤:「そうだな、早速、佐伯さんにメールを入れてみるよ」
多少なりとも同期に話を聞いてもらったことで、気持ちは落ち着けることができたが、須藤のもやもや感は依然、変わらなかった。それなりにお酒を飲んで心地良いはずなのに、全然酔っている気がせず、むしろ、頭は冴えているのではないかと錯覚するほどだ。
「開発のプロセスや顧客価値について、もっと本質的な話をしたかったんだ。あとは、うちの会社そのものの製品戦略の方向性の是非や、エンジニアのモチベーションについても語りたかったのにな…」と思いながら、須藤は自宅への道のりを歩いていた。
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