消えぬ“もやもや”、現場の本音はなぜ出ない?:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(2)(3/4 ページ)
エンジニアとしての在り方や、現場の“言われっ放し感”に悩む技術部の須藤。同期に相談しても、“もやもや”とした感情は募るばかりだ。企画部課長の佐伯は、そんな須藤に、価値を作るとは何か、自分たちを取り巻く組織の風土とは何かを説いていく。
モチベーションの“持たせ方”
佐伯:「そう、今までと同じ製品開発じゃダメだ。それと、開発部門のメンバーについても言っていたね。言われっ放しらしいし、須藤さん自身はメンバーのモチベーションについても心配しているんだろう。なので、メンバーに対しては腹を立てているけど、実際はメンバー自身のことも心配している。そうじゃないのかな?」
須藤:「いや、メンバーの心配などしていないつもりですが、そう見えます(笑)? 僕自身が気掛かりなことは、知的財産部の課長、遠山さんも感じているらしいんですが、エンジニアの製品開発力の低下です。エンジニア自身の成長が頭打ちになりかねない。少なくとも今の、“上から落ちてくることに従うだけ”では、近い将来、思考能力ゼロのエンジニアだらけになりそうで、それが怖いんです。これじゃ、いい製品は作れない」
佐伯:「確かにそれは正しい見方だね。正直、僕もそれを危惧しているんだ。それでも、言われることに慣れてしまっている人に、外から動機づけをして“モチベーションを持て!”というのは難しいんだよ」
須藤:「外から……?」
佐伯が言うところの「動機づけ」には2種類ある。その違いは以下の通りだ(図2と下記説明参照)。
褒められたり叱られたりというのは、外部の力によって生じる動機である。褒められたから、頑張る、やる気になったというものである。これを「外発的動機づけ」と呼び、その本人は受け身の状態にあると考えられる。褒めたり叱ったりすることだけで個人を動機づけようとすると、相手の求めている外的基準にのみ合わせようとする傾向が強くなり、本人の主体性がなくなりがちだ。特に外発的動機づけを受けることに慣れてしまっている人は、外発的動機づけが突然なくなると、自らの行動そのものが途絶えてしまう可能性が高い。
一方で、自分の内部(内面)で自分自身を動機づけることを「内発的動機づけ」という。「もっとうまくできるようになりたい」「もっと分かるようになりたい」という向上心などが、個人の内面ではたらく。内発的動機づけでは、基準は自分の中にあり、その基準に従って、自分で自分の行動に対してフィードバックをするようになる。内発的動機づけを起こさせるには、やや困難であっても頑張れば達成できそうな目標の設定が効果的であるといわれる。
また、内発的動機づけの状態にある人に対して、外発的動機づけの働きかけをすることは、動機をそぐ結果になる(せっかくやる気になっていることに水を差す)ことがあるので、注意が必要だ。
佐伯:「まぁ、分かりやすく言えば、周囲からあれこれ言われて仕事をするよりも、自分自身のやりたいことに取り組むことの方が、やる気は出るってことさ!」
須藤:「じゃあ、技術部のメンバーは、コストや納期の制約が厳しい中、上司や営業部門から無理難題を吹っかけられ過ぎて、疲弊しちゃっているんですかね?」
佐伯:「それはどうだろう……。須藤さんが気に食わんと言っている、“言われっ放しのままでホンネが出てこない”ことは、もっと根が深い問題だと思うな。これは当社の“組織風土”だと思うよ」
須藤:「組織風土ですか? 最近、企業不祥事をやらかす企業は“風土を変えないといけない”とかいう記事をよく見かけます」
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