始まった負の連鎖:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(3)(2/5 ページ)
ある朝、顧客から入った1本のクレーム。湘南エレクトロニクスが満を持して開発した製品が、顧客の要求スペックを満たしていないという内容だった。その後、調査が進むにつれて、さまざまな問題が明らかになり、社員は“犯人探し”と“自己防衛”に走り始める――。
“犯人探し”に走る関係部署
技術部では、詳細な調査結果を待つ間に、主任以上が会議室に集められた。
開発課からは課長の森田と須藤。設計課からは課長の城崎(44)と佐竹進(33)だ。設計課の城崎課長は、エレキ(開発課)重視でメカ(設計課)軽視のような社風に以前より異を唱えている1人で、言っていることはもっともだと須藤も思っている。部下の育成にも熱心な課長だ。
主任の佐竹は中途入社の機構設計エンジニアである。自己主張が強く、須藤と年齢も近いせいか、エレキとメカで意見が衝突することも少なくないが、妙に筋の通ったことも言うので須藤は良きライバルだと思っている。
さらに、システム課からは、課長の藤田敦(42)が出席している。もともと、開発課に在籍しハードウェアにも精通しているが、自部門の損得を優先するタイプで、技術部全体での取組みに対する関心は低い。
以上、中村部長を含めた6人が会議室に集まり、おもむろに席に着いた。
中村:「早速だが、調査結果が出る前に、われわれとしてもおおよそ原因の推定をしておかなければならない。漠然と“電子デバイス”と聞いているが、心当たりはないか?」
森田:「ダイナミックレンジが要求スペックに引っ掛かっているのなら、考えられる原因は2つでしょうね。1つは、電子デバイスと言っているので恐らくA-Dコンバーター部分。もう1つは、ソフトウェアの画像処理によるものです。ただ、後者の場合は製品個体差が発生するとは考えにくいですね」
藤田:「そりゃ、そうでしょう。デバイスと言っているんだから、ハードが原因なんでしょ」
城崎:「まぁ、いきなりそうやり合わんでもいいでしょう。確かにハードの可能性が高いけど、そもそも、設計要求を満たさないデバイスが使われていたことが問題ですよね。エバに出した製品の半分は設計通りの性能を出し、問題ないようなのだから」
中村:「そうだな。では、なぜ、設計と違う部品が使われたんだ?」
森田:「仮に原因がA-Dコンバーターだとして、セカンドソースやOEM供給企業が存在する場合は“共同購入仕様書”を開発課で作成し、部品の購入そのものは購買部に一任する。つまり、一番安いところから買うことになっています。この場合、メーカーやロットなどは指定できません」
中村:「実際はどうなんだ?」
森田:「そこは、須藤。お前から説明しろ」
須藤:「CG社の要求仕様を満たすためには、特にA-Dコンバーターの選定と設計が最大の課題でした。“フレームレート*2)”の要求も厳しかったので、高速A-D変換が要求されます。しかし、高速のものはダイナミックレンジを広げるためにはビット数が足りない。従って、今回はまずはフレームレートを優先し、A-Dコンバーターを多段構成にして見かけ上、ビット拡張を行い、さらに等価サンプリングを行っています。これにより、高速処理と広ダイナミックレンジという相反することを実現しています。さらに、A-Dコンバーター周辺に超高速のバッファメモリを外付けするなどの工夫を行っています」
*2)フレームレート(frame rate):動画撮影において、1秒当たりに処理する静止画像数。単位はfps(frame per second:フレーム/秒)。動きの速い映像には、より高い数値のフレームレートが求められる。
森田:「今、そんな難しいことはいいから、まずは部長が聞かれたことだけ答えろ。要はそのA-Dコンバーターは、どうやって手配をかけている?」
須藤:「一番の肝なので、デバイスメーカーで特別に性能が優れたものを選別してもらうために“特注購入仕様書”を作成し、この仕様書に従い手配をしています。BOM情報にもこの特注購入仕様書の図番が書かれています」
森田:「じゃあ、なぜ、エバの8台のうち、4台だけ、違う部品になったんだ?」
須藤:「さぁ……、分からんですわ」(また、いつものうるさいのが始まった……)
森田:「なんだ、人ごとみたいに!」
佐竹:「内輪もめは別の場所でやってくださいよ。肝心のA-Dだけど、確かかなり熱を出すので、放熱設計でだいぶ、須藤さんから細かい注文があったのは覚えているけど、熱暴走とか考えられないですか? あ、こう言っちゃうと僕らが原因になっちゃうかもしれないですけどね……」
城崎:「それも可能性はゼロではないと思うが、“設計のBOM情報と違う部品が搭載されていた”ということが問題なんじゃないかな」
藤田:「昔みたいに、電子部品を手付けしていた時代ならいざ知らず、自動搭載データまで一気に生成されるので、途中の手配でミスることなどあるのかな」
中村:「須藤君、部品は“特注購入仕様書”で手配していると言ったよね。同じ部品で、さっき、森田課長が言っていた“共同購入仕様書”はあるのかい?」
須藤:「はい、このA-Dは現在、製品化されているもの(既存製品)でも使われているので、“共同購入仕様書”はあります。DVH-4KRで使用しているA-Dはこの仕様書のデバイスよりも高速でかつバラつきの少ないものを選別してもらった、ある意味、当社向けの特注デバイスのための仕様書です」
中村:「ちなみに、共同購入のデバイスと、須藤君が選定したデバイスで、価格差はどのくらいになるんだい?」
須藤:「共同購入のものより3倍ほど高価です。単価は発注数により変わりますが、1個5万円前後です。これをデュアル(2個)で使用します」
藤田:「10万円かぁ……高いねぇ。部品原価だよねぇ? 昨今、あれほど開発コストの削減が言われているのに……まったく……」
森田:「開発課の課長としては、コストは下げろと言ったんですけどね。なかなか、彼が言うことを聞かなくて……」
須藤:「……」(うるせーよ。てめぇはいちいち……)
中村:「おおよその事は分かった。後は詳細な報告を待つとして、今日はここまでとしよう」
「なんか俺が悪者にされているみたいで面白くねぇな」と思いながら、須藤は会議室を後にした。
本来なら、「何が悪いか、どこが原因か」などにもっと時間をかけるべきだ。にもかかわらず、話の流れが「誰が悪いか」になっている。課長の森田や藤田は、いかにも「お前が悪い」と言わんばかりだ。まるで犯人探しだ。
今、直面している最大の問題は、CG社のエバが通らなかったら、湘南エレクトロニクスとしても大きな損失になるということだ。なにせ契約解除と言っているらしい。それに、この製品から、開発のプロジェクトリーダーは部下の大森に任せている。自分の部下が担当する最初の製品にこういうケチが付くのは気に入らない。原因は何であれ、技術部全体で、組織一体となって問題解決に当たるのが筋だろう……。
それにしても、なぜ“共同購入仕様書”の部品が搭載されていたのだろうか。あれでは性能が出ない。どうしても解せない……。
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