たった1人の決意:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(4)(4/4 ページ)
全社員の4分の1を削減するという経営刷新改革が発表され、湘南エレクトロニクスには激震が走る。本音は出さずとも総じて真面目だった社員たちは会社に背を向け始め、職場は目に見えて荒れてくる。そんな中、社長に直談判しに行った須藤が決意したこととは――。
社長に直談判
日比野は、普段は東京本社にいることが多い。須藤は本社勤務の同期である末田(営業部)や荒木(知的財産部)に社長の予定を逐一報告してもらうように頼み込み、いぶかしがる森田に休暇をとることを伝え、本社に向かった。
そう……須藤は直接、社長に経営刷新計画について聞きたかった。どう考えても、あの日比野が考えて出した計画であるようには思えないからだ。若手が育つ様子を楽しみにしていた社長が、なぜ、希望退職など打ち出すのか。そこまで経営状況は悪いのか。荒れる現場をどう思っているのか。会社を立て直す本気度は、いかほどのものなのか――。
優秀な社員が去ってしまったら、会社に未来などないだろうと率直な意見もぶつけたい。一度思い立ったら、いても立ってもいられない性格の須藤がとった1つの結論が、“アポなしで社長と話をする”ということだった。
日比野が始業時間の2時間前には出社することを知っていた須藤は、運よく、日比野を会社のエントランスでつかまえることができた。本来、多忙な社長がアポなしで一般社員と話をするなど、2000人規模の会社ではそうそうあり得ない。急に現れた須藤を見て、日比野が少し安堵の表情を浮かべたかのように須藤は感じた。
日比野:「須藤君じゃないか、なんとなく来るような予感はしていたよ」
須藤:「突然すいません。どうしても、経営刷新計画についてお話がしたくて来ました」
日比野の近くにいた総務課長の上條令子(47)が、「総務を通してくれないと困るのよねぇ」とい言いたげな表情をしていた。上條は、もともとは役員の秘書出身で数少ない女性管理職だ。「日比野社長は朝の40分程度しか時間がない」とのことで、日比野と須藤は早速、社長室にて向かい合った。
単刀直入に切り出す須藤に答える日比野の口調や表情から、今回の経営刷新計画が、何らかの外的あるいは政治的な圧力がかかり、やむを得ず発表したものだということは明らかだった。どこから、どのような圧力がかけられたのかも須藤は知りたかったが、今はそれ以上に、会社を何とかしなくてはならないという正義感の方が勝っていた。須藤は、職場がまともに機能していないこと、社員の気持ちが会社から離れて外に向き始めていることなどを、率直に伝えた。苦しそうに話を聞く日比野を見ながら、須藤は頭の中で、われわれ社員ができることはないだろうかと考え始めていた。
須藤:「湘エレは再度、浮上できますか?」
日比野:「その前に映画は今も好きか? 純粋に好きなことを続けられるっていいよな」
須藤:「はい? 家庭内では子供のムービーばかりですが……、僕がカメラマンです」
日比野:「社員がその気にならない会社に未来はない。いろいろと問題のある部門や管理職がいることも知っている。今こうして会社が重大な局面を迎えている中、わが事のように問題と向き合う人間がどれだけいるだろうか? 当社が再び浮上できるかどうかは、真剣に会社の未来を考える人間がどれだけいるかにかかっている。決して、経営者だけでどうにかできるものではない」
須藤:「はい。自分が何とかする! と大口をたたきたいですが、何をどこまでできるか分かりません。ですが、今の荒れる現場を放置するわけにはいきません。経営刷新計画は、あくまで経営者が決めたこと。自分は現場側の人間として、何ができるかを考えます。CG社の件も真相は闇のままです。1つお願いがあります。自発的な改革活動を始めてもいいですか? 仕事はもちろんちゃんとやります。自分なりにこうなった原因を考え、何ができるか、何をすべきかを探りながら、“会社を何とかしたいと思う仲間”を見つけて、この逆境を乗り越えたいと思います」
日比野:「それはありがたい。組織という枠の中ではとかく利害関係で動きにくいものだ。技術部長の中村君には僕から連絡を入れておくよ。森田君は嫌な顔をしそうだしね」
こうして、社長と話を終え、何か目に見えない力が働いていることは感じた須藤だが、今はそれよりも「自分たちは何ができるのか」ということに、逃げずに向き合いたいという決意をあらたにした。
会社や経営陣に対して文句を言うことは簡単だ。このような事態になったことは経営責任であるとも言えなくもないが、日々、職場同士で小さないざこざが絶えず、責任転嫁ばかり主張してきた管理職を目の当たりにしてきたのだ。そして、それに迎合するぶら下がり社員も大勢いる。おかしいと思いながら何も声に出さずにいた社員が、会社が傾き始めてから、急に文句を言い出し、会社に対して背を向けつつある。
「俺ら、社員だって湘エレという会社のみこしを担いでいるはずだ。今、経営者や会社批判をしている連中は、会社というみこしの上であぐらをかいているだけで、みこしを担いでいないし、担ごうともしない」――こんなことは絶対におかしい。
須藤は、日比野が言った「純粋に好きなことを続けられるっていいよな」という言葉を思い出した。恐らく、社長はそうではない状況に置かれているのだろう。結局、日比野からは希望退職についても明確な答えは得られなかったが、それはおいおい分かることだ。今はやるべきことをやるだけだ。さて、来週からは忙しくなりそうだと、会社を後にし、同期や、須藤が慕う先輩に連絡を入れ始めた。
経営者や会社を批判していても何も解決しない。たった1人で何ができるかも分からぬまま、須藤は、自分たちにできることを模索し始めた。立ちはだかる壁は高いが、かすかな光明も見え始める。次回をお楽しみに。
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Profile
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を開発設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画業務や、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『”AI”はどこへ行った?』『勝ち抜くための組織づくりと製品アーキテクチャ』などのコラムを連載。書籍に、『上流モデリングによる業務改善手法入門(技術評論社)』、コラム記事をまとめた『いまどきエンジニアの育て方(C&R研究所)』がある。
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