鉄道人身事故に打つ手なし!? 数字が語るその理由:世界を「数字」で回してみよう(33) 人身事故(5/6 ページ)
鉄道への飛び込みはどうもお手軽らしい。それは前回、明らかになりました。もしかすると鉄道会社はそれを体感的に知っているのかもしれません。対策を取ろうとは、しているのです。ところが、これは遅々として進みません。なぜか――。その理由は、ちゃんと数字が伝えてくれているのです。
鉄道会社にメリットなし!?
この机上シミュレーションから導かれる結論は、人身事故による損害は、ホームドアを運用するより、はるかに安いということです。つまり、ホームドアを設置すればするほど、電車会社は損をするのです。
そして、忘れてはならないのは、前述の通り「私たちは、人身事故による被害を、鉄道会社にも、当事者(の遺族)にも「請求しません」(というか「請求できません」)」。
私たちがやっていることといえば、せいぜい、Twitterやブログで、不満をぶちまけている程度で、多くの場合、翌朝には、前日の深夜に、満員電車で「すし詰め」にされたことを、すっかり忘れています。
これでは、国土交通省からの指導を受けても、鉄道会社が必死でこの問題を解決しようとするモチベーションが働きません。いずれは、ホームドアの設置が避けられないとしても、できるだけ長期間(例えば20年以上)にわたった方が、鉄道会社としては経営的にも助かります。
つまり、「鉄道を使った飛び込み自殺」と、「それによる電車の遅延遅着」を、短期間で根本的に完全に解決しようとする「動機」が、どこにも生まれてこないのです。
以上の検討結果をまとめますと
(1)「鉄道を使った飛び込み自殺」の巻き添えを食った私は、その当事者または鉄道会社に損害賠償請求や、訴えを起こすことができるのか → 手続としてはできるが、現実的にはできない
(2)「鉄道を使った飛び込み自殺」を力ずくで抑え込む戦略は存在するのか → 存在するが、すぐには機能しない
ということになります。
ここに、冒頭の話のオチである、
「つまり、(子どもの見守りサービスを本格起動させるためには)まずは、この日本を、年間平均で300人の子どもが犯罪で殺害されるような社会にすることが優先事項ですね」
という暴論が、
「つまり、(鉄道を使った飛び込み自殺と、それによる電車の遅延遅着を解決するためのホームドアを可及的速やかに設置するには)まずは、この日本を、毎日、どの時間の、どの路線を使っても、必ず人身事故の巻き添えから逃げられないくらいの自殺社会にすることが最優先事項ですね」
と、同じように展開できてしまうことが、ご理解いただけると思います。
それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。
【1】鉄道の飛び込み自殺によって発生した、遅延遅着に対して、損害賠償請求の訴訟を起すことが、事実上不可能である ―― というか、訴訟コストが請求金額を越えてしまうことが分かりました。
【2】「鉄道の飛び込み自殺の多くが、秒単位の衝動自殺であるという」仮説を立てて、ホームドア設置駅で、事実上人身事故をゼロになっているという事実から、(逆方向に)確信しました。
【3】しかしながら、ホームドアの設置ははかばかしくなく、また今後も速やかには行われていかないだろうと思われます。なぜなら、ホームドアの設置を積極的に進めるべき理由がなく、のんびりと進めた方が鉄道会社の利益にもなる ――ということを、机上シミュレーションの結果と合わせて示しました。
さて、前回、「アンケートに応じていただいた皆さんからのお知恵を拝借する」と言っておきながら、まだその内容を発表することができておりません。
正直、ご相談以前に、毎回毎回、このコラムの構成を考えることで手いっぱいな状況です。
そこで次回は、番外編として、前回の宿題となっていた、
(1)「電車への飛び込み自殺は苦痛コストが最小である」をくつがえすために「他の自殺も同様に苦痛が小さい」ということを検証することが可能か否か
(2)法律などの解釈から「自殺者は、犯罪(殺人罪)者になる」とのロジックを立てられるか否か
に加えて、アンケートにお申し込み頂いた方からの、
(1)ホームドア設置は本当に有効か
(2)ホームドアの設置は遅延し続けるか
(3)江端の目の前で、飛び込み自殺が行われるのを、眺め続けるだけの(止めようとしない)江端を、罪に問えるか
に対する、回答をご紹介させていただこうと思います。
大変、愉快……もとい、興味深いご回答をたくさん頂きました。では、次回をお楽しみに。
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