「人身事故での遅延」が裁判沙汰にならない理由から見えた、鉄道会社の律義さ:世界を「数字」で回してみよう(34) 人身事故(4/11 ページ)
今回、私は「人身事故に対する怒りを裁判にできないのか」という疑問の下に、裁判シミュレーションを行ってみました。そこから見えてきたのは、日本の鉄道会社の“律義さ”でした。後半では、人身事故の元凶ともいえる「鉄道への飛び込み」以外の自殺について、そのコストを再検討したいと思います。
「ダイヤを守る」義務はない!?
ところが、驚いたことに、「鉄道会社は、ダイヤを守らなければならない」という法律が、どこにもないのです。本当です。
今回、私は、「鉄道」「遅延」「時刻」をキーワードとして、日本の法律だけでなく政令に至るまで全部を調べました*)。
*)具体的には、法令データ提供システムでヒットした、「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」「鉄道事業法施行規則」「鉄道事業等監査規則」「日本国有鉄道改革法施行規則」「貨物自動車運送事業輸送安全規則」「鉄道事故等報告規則」
特に、「鉄道事業法」「鉄道営業法」については、実際に全文を印刷して熟読し、さらに、私鉄事業者の300条以上もある「旅客営業規則」(今回は東急電鉄さんの)に至るまで全部読みました。
この膨大な法律、政令、規則の中で、鉄道会社の運行ダイヤについて記載があったのは、唯一ここだけでした。
(列車の運転時刻)
第九十九条
1 列車の運転は、必要に応じ、停車場における出発時刻、通過時刻、到着時刻等を定めて行わなければならない。(江端意訳:『鉄道会社は時刻表を作れ』という強行規定)
2 列車の運行が乱れたときは、所定の運行に復するように努めなければならない。(江端意訳:『遅延が起きるのはしゃーないが、ちゃんと元に戻すように努力しろよ』という努力規定)
つまり、
―― 鉄道会社には、「時刻表の通りに電車を運行させなければならない」という法律上の義務は全くない
ということです。
つまり、時刻表とは、「この通りに運転できるように、みんなガンバロー!!」「オー!!」と記載されたスローガンであり、正月のニュースに出てくる、予備校の受験生の「必勝合格」と書かれたハチマキと同じようなものなのです。
法律が規定する鉄道会社が提供する役務(サービス)は、「地点Aから地点B」という輸送だけで、A→B間を、10秒で移動しようが10時間で移動しようが全く構わないのです。
電車の運転手が「今日はかったるいなぁいなぁ」といって電車をのんびり走らせても、逆に、「ムシャクシャする」といって電車を早く到着させても、法律上は、その運転手も鉄道会社も裁くことはできないわけです*)。
*)現実には、業務上の安全義務違反ですし、国土交通省から死ぬほど怒られる(行政指導を受ける)ことにはなるとは思いますが。
―― と、ここまで申し上げれば明らかだと思いますが、法律や条例を読む限り、鉄道とはそもそも遅延するものだ、という前提があり、鉄道会社の責任の上限は、「地点Aから地点B」という輸送が実施できなかった場合に限り返金することだけです。
これは、
―― 人身事故による遅延が嫌なら、最初から電車を使うな
ということを意味し、人身事故の遅延による損害は自己責任である、という法律上のロジックが成立するのです。
先月、私は、コスト上の問題から訴訟を起こせないと述べましたが、鉄道会社を被告とする裁判は、コスト以前に、法律上、絶望的と考えて間違いなさそうです。なるほど、飛び込み自殺による裁判事例がゼロなのは、当然といえます。
しかし、逆に考えると、「法律等の決まりが全くないのに、日本の鉄道会社は、よくここまで時刻表通りに列車を運行させることができるよなぁ」と思います。律義にも程があります。
以前、私は、世界各国の電車のダイヤの正確性についても調べてみたことがあるのですが、ここから導かれた結論は1つでした。「西村京太郎トラベルミステリーが成立するのは、世界中で日本だけ」ということです。
この話は、私がインドや中国の駅で大げんかしそうになったお話を交えて、いずれお話させてください(と、こうしてまた宿題が増えていく……)。
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