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鉄道人身事故に打つ手なし!? 数字が語るその理由世界を「数字」で回してみよう(33) 人身事故(2/6 ページ)

鉄道への飛び込みはどうもお手軽らしい。それは前回、明らかになりました。もしかすると鉄道会社はそれを体感的に知っているのかもしれません。対策を取ろうとは、しているのです。ところが、これは遅々として進みません。なぜか――。その理由は、ちゃんと数字が伝えてくれているのです。

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反撃ののろしを上げる

 こんにちは、江端智一です。

 今回は、鉄道人身事故 ―― 鉄道を使った飛び込み自殺 ―― を数字で回してみようシリーズの第5回目です。

 前回は、自殺を試みる人にとって、鉄道を使った飛び込み自殺は最適戦略であることを、コスト計算(初期投資+実施手段+苦痛のトータルコスト)から明らかにしました。

 そして、前々回では、自殺後の処理に丸ごと巻き込まれる私たちにとって、そのような自殺が、膨大な損害を与えられる最悪の厄災であることを、シミュレーションなどを使って明らかにしました。

 そろそろ、具体的な反撃手段を検討してもよい時期に達したと考えます。

 そこで今回は、

(1)「鉄道を使った飛び込み自殺」の巻き添えを食った私は、その当事者または鉄道会社に損害賠償請求や、訴えを起こすことができるのか

(2)「鉄道を使った飛び込み自殺」を力ずくで抑え込む戦略は存在するのか

の2点について検討をしてみたいと思います。

判例、なぜないの?

 飛び込み自殺をした人には、それなりの深刻な事情があったと思いますが、それは、私にとっては全く関係のないことです。私は、確たる理由もなく、出勤または帰宅途中で、「突然、赤の他人にぶん殴られた」ようなものです。

 これは、明らかに、民法709条の損害賠償の対象となる事件です。たとえ、刑法上「自殺は刑罰の対象にはならない(後述)」としても、民法上の損害賠償請求の対象となることまで逃れられることはできません。

 仮に、当事者本人が死亡していたとしても、その請求はその当事者の財産を相続する者に対して請求可能ですし、そのような人身事故を防止できなかった、または防止する努力を怠った鉄道会社に対して請求することも可能です。

 鉄道への飛び込み自殺は、鉄道開業時(約140年前)からずっと続いていますし、そもそも、このような人身事故に対する損害賠償が、すんなり和解に至るとは思えません。

―― 山のような訴訟と、裁判の判例があるはずだ

と確信して、早速調査を始めてみました。

 判例データベースから、「鉄道」「自殺」「人身事故」を検索キーワードとして、全ての判決文をサーチしてみましたが、ヒットした判決文は、全部合わせても50件以下しかなくてビックリしました。

 一通り全ての判決文に目を通して見たのですが、関係がありそうなものは、1件(大阪地方裁判所 平成24年1月11日)で、酔っぱらってホームに落ちたサラリーマンを救助できなかったとして、遺族が鉄道会社を訴えているものだけです(参考:判決文) ―― って、それって、私の想定するケースの逆です

 私の調べた範囲では、電車の飛び込み自殺で電車が遅延し、その結果、損害を受けた人が、当事者(遺族も含む)または鉄道会社に対して裁判を起こし、司法が最終判断したケースはゼロです。

 もちろん、損害賠償の請求(お金)に対して、当事者(遺族)や鉄道会社がすんなり応じれば裁判にもなりませんし、裁判の途中で和解が成立すれば、裁判は取下げとなり判決文も出てきません。

 しかし、鉄道の人身事故は、年間500件もある事件なのです。1つくらいは判例があっても良さそうなものです。でも無いのです。皆無、絶無です。そこで、この理由について考察してみました。

(1)損害額の認定が恐ろしく難しいから

 例えば30分の遅刻に対して、誰(本人、チーム、または会社)が、どれだけの金額の損害を出しているかを確定することは難しいです(山のような証拠書類の提出も必要でしょう)。

 また、金銭にできない損害(憤怒、イライラなどのストレス)も被害として認定され得ますが、それを金額に換算し、さらに、それを裁判官に対して説明し、納得させなければなりません。しかし、それが、想像を絶する難しさであることは簡単に想定できます。

(2)認定できる損害額が小さすぎて、裁判を起こすメリットがないから

 上記の「エバ電シミュレーター」では、120分の遅延に対する損害額は、全体として1億円を超えるという試算結果になっていますが、1人の被害としては120分間分しかありません。

 仮に、この損害を最低賃金で換算したら1800円程度です(東京都最低賃金907円 平成27年10月1日発行)。もちろん、この10倍も100倍も稼ぐ人もいるかもしれませんが、問題はそこではなく ―― その120分の遅着によって、実際に給料が減額されてしまった、とか、解雇されてしまったなどの被害の事実が必要になるということです。

 1800円の100倍の18万円程の損害賠償請求を見込めたとしても、訴状を書いて、弁護士を雇って、会社休んで裁判所まで出廷して……と、その経費だけで18万円を超えそうです。これで、一審で結審しなかったら、一体何のために裁判をやっているのか、さっぱり分かりません。

(3)事実上、集団訴訟ができないから

 「エバ電シミュレーター」では、鉄道を使った飛び込み自殺(120分コース)で、到着遅延の被害を受ける人数は、約3万人弱(27360人)となりました。この人たちが、集団訴訟の形を取れば、1億円の損害賠償請求ができるはずです。

 しかし、その集団訴訟のリーダーは、間違いなく言い出しっぺの「あなた」になります。3万人の代表者として、全員の総意をまとめるのです。すごいリーダーシップと統率力が必要になるでしょう。

 もし、あなたにそんなカリスマがあるなら、訴訟を起こすより、会社を起こす方が、お金になると思います。

 まとめますと、鉄道を使った飛び込み自殺の当事者(または遺族)に対して、損害賠償請求の訴えを起こすことは、事実上できないようになっているのです。損害の発生は明確なのに、その損害の賠償請求ができない ―― ここに、この問題が根本的に解決されない理由の一端があると思われます。

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