エバ機不正の黒幕:“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(6)(2/3 ページ)
須藤たちが手探り状態の中、湘南エレクトロニクスでは希望退職の受付が始まった。一方で、一連の発端となったエバ機不正について、黒幕の一端が明らかになる――。
エバ機不正の黒幕……?
場面は変わり、藤沢の工場では、製造部長の大杉と品質保証部の小山課長が、希望退職など自分たちには何ら関係ないという様相で、工場入り口近くにある商談室で打ち合わせを行っていた。
大杉昇(製造部部長):「小山君さぁ、例のエバ機、DVH-4KRの件で、俺たち製造部でも原因究明しろと社長から指示が出ているけど、品証としてはどうだい?」
大杉昇(55)は、自部門の損得が最優先の人物だ。製造部に損のあることは関わりたくない。部下からは頼りになる上司として信頼を得ている反面、他部門からは気難し屋として知られている。“5S”などの単純な改善活動には一生懸命だが、自身の保身が大事で改革には興味がない。須藤たちの動きがうっとうしくて仕方がないが、今は傍観のスタンスを取っている。今回、CG社のエバで問題を起こした製品が、製造部と密接な関係にある海外子会社の“湘エレ Asia Ltd.”に製造指示をしていないにもかかわらず、実態は海外で生産されたことが判明し、自身が責任を追及されるのではないかと、わが身を案じている。
小山和夫(品質保証部課長):「そうですね。品証としては特に試験成績書のほうが重要度が高いのですが、原因究明といわれてもねぇ……」
小山和夫(45)は、ISO 9001の社内推進と徹底がメインの仕事だと、自分自身で思い込んでいる。そのせいか、DR(Design Review)の度に、技術部へは不可解な要求を突きつけることも少なくなく、特に須藤たち開発課からの印象は良くない。責任を取ることを極度に避ける傾向が強い。
大杉:「製造部としては、やはり、間違った部品をそのまま搭載してしまったことが問われると思うけど、何しろ、海外の連中がやったことだから、部長として責任を取れといわれてもねぇ。現地法人の責任だと思うけどな。それに、そもそも俺は海外に製造指示は出していないし」
小山:「そりゃ、そうですよ。僕ら品証だって、試験成績書の改ざんだといわれて迷惑しているんですよ。特に、設計課の城崎課長があれこれ言うもんだから、中村技術部長にはこないだ、にらまれちゃったし(第3回)」
大杉:「小山さんさぁ、実は中村さんの手前、海外に指示は出していないと言ったものの、本当はさぁ、湘エレAsiaで作ることは最初から知っていたんだよね」
小山:「それ、ほんとですか? それは問題じゃないですか!!」
大杉:「な〜に、それは小山さんが黙っていればいいだけのことだよ」
小山:「……それならこちらも打ち明けてしまいますが、実はね、試験成績書のことですが、DVH-4KRの試験をする前に、他の新製品の試験を行っていて、試験者はそれと同じ条件で衝撃試験をしちゃったらしいです。半分まで終えて、間違いに気づいたらしくて。だから、エバ機の最初の半分は、そもそも試験の条件が違うんだから、改ざんじゃないですよね」
大杉:「今度はこっちが、えー?だよ。なぜ、条件変更を行い、再度、全数の試験をやり、それに見合った試験成績書を作らなかったの?」
小山:「それは理由があって、1つは当日の試験予定台数が多かったから、条件変更をしている時間が惜しかったのと、MILスペックで試験成績書を作っておけば、少なくともCG社は、より厳しい条件で試験をしたんだと思ってくれるからですよ。大杉さんこそ、中村さんの前ではウソを言ったことになるし、一体なんで、そんなマネを?」
大杉:「電子デバイスの件は、コスト削減だよ。なに、単純なことだよ。最も高価なA-Dコンバーターの半数を、開発課が作成した“特注購入仕様書”でなく、従来品の“共同購入仕様書”で手配をかけるようにしたんだから。コスト削減に貢献したと感謝してもらいたいところだよ」
小山:「そうであれば、BOM情報との不一致ということで、製造前に分かるはずですが」
大杉:「そこはおつむの使いようだよ。購買部の津村課長は僕の大学の後輩だよ」
小山:「ということは、このことは津村課長も知っている……?」
大杉:「もちろん。それに、設計情報と製造の部品情報の不一致が判明することを分かりにくくするためには、どこで製造すればいいと思う?」
小山:「まさか……それで海外工場に作らせようと……?」
大杉:「もうこれ以上は言わなくとも分かるだろう? それに、小山さんのやったことも試験の手抜きといわれてもしょうがないよね? そう……僕と君とは一蓮托生なんだよ」
「まさか、大杉製造部長までインチキをやっているとは……」と、小山も自らがやらかした不祥事を棚に上げ、考え込んでしまった。
この後、大杉にこのような不正をやらせた役員の存在が明らかになるのだが、まだ、この時点で小山は気づいてはいなかった。また、小山自身も試験成績書のデータ改ざんの件を打ち明けたものの、品質保証部部長を飛び越え、品質担当役員である北条章介からの圧力で、知らず知らずの間に“同じ穴の貉(むじな)”として小山が加担していることは、まだ気づいていなかった。
一方の須藤は、企画部課長の佐伯が紹介してくれた、東京コンサルティングの杉谷の言葉――「慎重でいながら大胆に」「緻密な戦略とシナリオが成否の分かれ道」――が脳裏から離れなかった。そんなものは一体どうやって考えればよいのだろう……。まだ、須藤は答えにたどり着けずにいた。
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