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本当に怖い「飛び込み」の世界、知っておきたい4つの知識世界を「数字」で回してみよう(38) 人身事故(10)(5/9 ページ)

「人身事故」を真面目に検証するこのシリーズも、いよいよ佳境に入ってきました。最終フェーズとして「人身事故物理シミュレーション」を行っていますが、今回は、このシミュレーションを、より深く理解してもらうための4つの予備知識を説明します。今回もツラいです。それでも、「飛び込み」をなくすには、「飛び込んでから」の痛みを想像できるようになることが重要だと、私は思うのです。

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なぜ、豚肉は塊のままだったのか

 では、なぜ、この生肉がバラバラにならなかったのでしょうか。その理由を知るために「数字を回してみる」ことにしました。

 1986年に、ある女性アイドルが飛び降り自殺を図りました。この時、彼女はビル6階の屋上、約20mから飛び降りましたので、秒速19.8m(時速71.2km)という、相当なスピードで地面と激突したことになります。

 問題は、地面と激突した時の衝撃の数値化でした。

 私は、(1)当時の彼女の体重44kg, 身長155cmというデータと、(2)わが家の長女の体幅を測定させてもらい、さらに(3)こちらの文献を参考にして、彼女が地面と激突した時の力(圧力)を算出しました。

 その結果、地面と激突した瞬間、彼女の体には、重力の100倍から200倍の加速度がかかっていたことが分かりました。彼女の全身には、瞬間的に4.4トン〜8.8トンくらいの負荷が発生していたことになります(以後、8トン重と仮定して進めます)。

 自殺現場の写真より、彼女がうつぶせの状態で地面に激突したものと仮定し(上図は江端が作成)、彼女の体表面積(1.389m2参照)の半分が、地面との衝撃したものとして計算した結果、地面と衝突した時に発生した圧力は、11.5トン/m2程度と算出されました。

 これは、彼女の体が、瞬間的に電車の車両1/5分の重量を持つ鉄の塊で押し潰されることと同じ状態であったことを意味します(後述)。しかし、この状態でも、彼女の肉体は原型を留めていたのです(少なくとも手足は分離していなかった)。

 次に、人体をバラバラに分断する力を算出する方法を考えてみました。今回は、私が「生肉を食いちぎる力」を想定して計算することにして、私が生肉の塊から肉片を食いちぎる力を、約50kgと仮定しました(参照)。

 加熱されて分子間力が弱まった焼肉と違って、生肉を食いちぎることは、相当にキツい体験でした(一度試してみてください)。

 一方、肉を食いちぎる歯の面積のデータは手に入らなかったので、市販の切り餅に私の歯型をつけて、その面積を計測しました。

 これらの数値より、私の歯が生肉の塊から肉片を食いちぎる力(圧力)の計算式は、以下の通りとなりました。

50kg(肉を食いちぎる力) / 25mm x 1.5mm(肉を食いちぎる歯の断面積) = 2000トン/m2

 以上より、肉塊を高所から落下させる時に発生する力と、肉塊を食いちぎる時に発生する力には、実に173倍の差があることが分かりました。

地球のどこから飛び降りを図っても、体はバラバラにならない

 では、人間をバラバラにできるだけの力を発生させうる飛び降り自殺の落下高度はどれくらいになるのだろうと思い、逆算してみました。

 この結果、秒速349m(時速1258km、ほぼ音速と同等)が必要であることが分かりました。実際は空気抵抗があって、こんな落下速度は出せないので(スカイダイビングの最高速度でも時速200km*1))、計算上は、地球のどこから飛び降り自殺を図っても、体をバラバラにすることはできないことになります*2)。このように、人間の体というのは、そうとう頑丈にできていることが分かります。

*1)ブログ:「江端さんが跳んだ日」→怖かった。絶対もう二度とやりません。
 *2)ただし、全ての骨が砕けて「グニャグニャ」「グチャグチャ」になるとは思います。また、落下地点の形状(突起した岩の上とか)や、落下の角度によっては、体の一部が分離することもありえます。

 つまり「飛び降り自殺」と「飛び込み自殺」は、文字こそ似ていますが、全く別物であり、特に、「飛び込み自殺」の本質は、電車との衝突そのものではなく、電車の車輪による人体の切断 ―― 轢断(れきだん) ―― にこそ、その特徴があるといえます。

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