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1/100秒単位でシミュレーションした「飛び込み」は、想像を絶する苦痛と絶望に満ちていた世界を「数字」で回してみよう(39) 人身事故(11)(6/7 ページ)

今回は「飛び込みを1/100秒単位でシミュレーションすること」に挑みます。私が目指すところはただ1つ。このシミュレーションによって「飛び込みによる、想像を絶する苦痛」を浮き彫りにすることで、たった1人だけでも、飛び込みを思いとどまってほしい――。本当にこれだけなのです。

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「ゼロ秒轢断」のスタイル

 自殺の是非をいったん脇に置いて、自殺の目的だけに注視するのであれば、それは「生きることの停止」のみとされるべきです。自殺のプロセスにおける「苦痛」は、不要なノイズといえます。

 私は、原則としてどんな自殺であれお勧めしませんが、その中でも、特に「飛び込み自殺」は、圧倒的かつ絶対的にお勧めしません。今回の検討で、その苦痛が(文字通り)計り知れないことが分かってきたからです。

 しかし、これからも、「飛び込み自殺」の衝動を抑えられない人がなくなることはないと思います。そして、もし、あなたが、どうしても「飛び込み自殺」を絶対確実な「無痛・即死」で完遂したいのであれば、多分、以下の方法しかありません。

 この方法は、ホームの対面の電車とレールを使うものです。

 まず、ホームから降りたら、逆方向のレールに倒れ込んでください。次に、首をレールの上に固定して、手でレールをガッシリとつかみます。そして、足を広げ、足先を砂利に埋め込むようにして、体をガッチリと固定するのです。電車が轟音(ごうおん)を立てて接近してきても、決してビビッてはなりません。腑抜けた気持ちでは体の位置がブレてしまいます。体の位置がブレれば、電車に巻き込まれて、自分のカラダのパーツを眺めながら(以下省略)

 最期まで気を抜かずに、これらの全行程を完遂できたら、あなたの首(と、レールをつかんでいた指)だけが一瞬で切り落とされ、苦痛なしの「ゼロ秒轢断」が実現できるはずです。

 ただし、頭部(顔を含めて)が元の状態のまで回収されることは諦めてください。サッカーボールのように、電車の底部で蹴り飛ばされ続けることになりますので、正視に耐えない、相当にひどい状態となって発見されると思います ―― レールの内側で。


 さて、この連載では、「飛び込み自殺」の多くが、自分ではコントロール不能な病気(うつ病)などで、引き起こされることは既にお話しました(「データは語る、鉄道飛び込みの不気味な実態」)。

 特に「うつ病」は実に自殺の3〜4割を占める原因となっており、しかも、『とにかく、理由もなく、死にたくて死にたくて、しょうがなくなる病気』である以上、「うつ病による『鉄道を使った飛び込み自殺』」を止めることは、事実上、不可能であると、私は腹を括っています(「鉄道人身事故に打つ手なし!? 数字が語るその理由」)。

 それでも私は、この連載中、「うつ病」という制御不能の心の病に対抗できる手段があるとすれば、それは一体何だろうと考え続けてきました。そして、たどり着いた答えが「苦痛」でした。

 もし『苦痛に「自殺を思いとどまらせる」という効果がある』というのであれば、その痛みが客観的に示され、それが多くの人にとって共有される必要があります。

 しかし、自殺は、その苦痛を他人に伝達する手段がありません。伝達する人が死んでしまうからです。そこで私は、この連載で、エンジニアリングアプローチによる「飛び込み自殺の苦痛の定量化」を実施しました。

 私は――「飛び込み自殺」という事象を、この7文字だけで片付けさせません。

 「飛び込み自殺」というのは、「電車の車輪によって手足を8回轢断され、電車の底部の突起によって8回体を突き飛ばされ、枕木と砂利の間で服と皮膚を剥ぎ取られ、25m以上にわたり自分の体を散乱させながら、それでもまだ意識が残存し、切り刻まれた自分の体を眺めながら苦痛と絶望の中で死んでいく」―― そういう自殺です。

 これが、私の持ち得る知識と技能で読み解いた「飛び込み自殺」の実体です。

 そして、もし、このコラムを読んだあなたが、(我が家の次女と同様に)『仮に将来自殺をすることがあったとしても、飛び込み自殺だけは絶対にしない』と、思っていただくことができたのであれば、私は本当に嬉しいと思うのです。

 それでは、今回のコラムの内容をまとめます。

【1】もし『苦痛に、“自殺を思いとどまらせる効果”がある』という仮説が成立するのであれば、その痛みが客観的に示され、それが多くの人にとって共有される必要があると考えました。そこで、今回は「飛び込み自殺の痛みの定量化」について、以下の検討を行いました。

【2】鉄道への飛び込み自殺の本質は、鉄道の車輪による轢断と、それに基づく出血多量死であることを踏まえて、体の部位に応じた出血量を比較し、その差異が30倍程度もあることを明らかにしました。

【3】鉄道の車輪による「轢断」は、刃物による「切断」による出血と比べて、切断開口面の形状、平滑筋の収縮および血管内皮の損傷の要因によって、出血しにくくなるように働く可能性があることを示しました。

【4】「飛び込み自殺」における、轢断による、(1)苦痛とその継続時間、(2)出血死に至る時間および(3)自殺に失敗する(救助される)可能性について、(A)足首轢断、(B)脛(スネ)轢断、(C)両腿(モモ)轢断、(D)胴体轢断の4パターンで検討を行い、いずれの場合も、完全に苦痛から逃れる飛び込み自殺の実施は困難であるとの所感を得ました。

【5】飛び込み自殺が、どのような態様になるのかを、PCを使ったシミュレーションで検証を行いました。ある条件のシミュレーションの結果、電車の車輪によって手足を8回轢断され、電車の底部の突起によって8回体を突き飛ばされ、枕木と砂利の間で服と皮膚を剥ぎ取られ、25m以上にわたり自分の体のパーツが散乱するという結果を得ました。

【6】現在まで実施された「飛び込み自殺」を3つのパターンに分類し、いずれのパターンにおいても、「苦痛を回避する」という観点が欠落していることを指摘しました。さらに、今回の検討を通じて、唯一可能性のある「苦痛ゼロの飛び込み自殺方法」を提示しました。

以上です。

 次回は、人身事故シリーズの最終回になります。

 本シリーズの総括および「自殺を前提とした社会インフラシステム」について、エンジニアの視点から論じたいと思います。

(謝辞)

 今回のコラム執筆に関しましては、「シバタレポート」の著者、シバタさまから、多大なご助言をいただきました。この場を借りて、深く御礼申し上げます。

 なお、シバタさまより『(返信の保証はできかねますが)内容について批評があれば是非お聞かせください』とのお言葉を預かっております。冒頭のメールアドレス(one-under@kobore.net)にて、ご連絡頂ければ幸いです。


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