近代科学の創始者たちに、研究不正の疑いあり(天動説編):研究開発のダークサイド(7)(2/3 ページ)
研究不正の疑惑は、近代科学だけでなく、さらに時代をさかのぼった古代にも存在する。「数学集成(アルマゲスト)」をまとめ上げた、古代ローマ帝国の天文学者クラウディウス・プトレマイオスには、データを捏造したのではないかという疑惑がある。その“ダークサイド”を解説しよう。
これに対してプトレマイオスの宇宙論は、天体運動の観測を何よりもまず、重視する(観測天文学)。そして天体の運動を数学的に記述することで、定量的な予測を可能にする。アリストテレスの宇宙論に含まれる地球中心説や、太陽や月、惑星が円運動をしていることなどは、プトレマイオスの宇宙論でも変わらない。しかし、その方向性はまったく違う。
定量的な予測がなぜ重要なのかというと、天文学は、暦(カレンダー)や占星学などへの応用を前提とした学問であるからだ。暦は農耕作業の時期を決めたり、神事の日取りを決めたりするときには欠かせない。そして暦は基本的に、太陽と月の運動を基に決定されている。そして占星学になると、国家や社会、個人などの吉凶を予想したり、国家の重大事項の時期(例えば戦争を始める時期)を決めたり、といった事柄に、惑星の運動や星座の位置などが関わるようになる。
プトレマイオスの宇宙論は、暦や占星学に有用であるという意味ではまさしく「天文学」であるのに対し、アリストテレスの宇宙論は同じ意味では「天文学」とは言い難い。そしてプトレマイオスの大著「数学集成(アルマゲスト)」は、アラブ世界とヨーロッパ世界に多大な影響を与え、およそ1500年にわたって数学的天文学の専門書として読み継がれた(厳密には原著のギリシア語がアラビア語に翻訳されるとともに、写本されていった)。
『背信の科学者たち』が言及するプトレマイオスのダークサイド
プトレマイオスの「数学集成(アルマゲスト)」は、天体観測のデータから天体の運動を数学的に記述して天体の今後の運動を予測するという、観測重視の考え方にのっとっている。にもかかわらず、「数学集成(アルマゲスト)」に記述されている観測データはプトレマイオスによるものではなく、それ以前の天文学者による観測データを流用したものであるという指摘がある。
前回でも紹介した研究不正に関する多分最も有名な著作、『背信の科学者たち(ウイリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド共著、牧野賢治訳、講談社、2014年、原著は1982年刊行)』は、プトレマイオスが観測したと主張するデータは、およそ300年前にギリシア南東部のロードス島で天体の運動を観測した天文学者ヒッパルコスのデータを流用したものだと主張する(同書、37ページ)。
その大きな理由となっているのが、プトレマイオスの天文観測地点であるアレクサンドリア(エジプトの都市で当時はローマ帝国の支配地)と、ヒッパルコスの天文観測地点であるロードス島の緯度の違いである。
アレクサンドリアは緯度にして約5度、ロードス島の南にある。すると天文観測の常識として、見える星の範囲が5度分だけ、ロードス島とアレクサンドリアでは違ってくる。具体的には、ロードス島では観測不可能な星が、アレクサンドリアでは観測できるはずである。ところが「数学集成(アルマゲスト)」には、その5度分の星が記載されていない、というのだ。
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