パリから技術革新を、世界の新興企業が集う場所:インキュベーション施設探訪(1)(2/2 ページ)
2017年7月、パリに世界最大級のインキュベーション施設「Station F」が誕生した。1000社に上る新興企業が入居できる施設で、既に500社が入居済みだという。今回から複数回にわたり、設立されたばかりのStation Fをレポートする。
Station Fの多様性
Self-MedのCOO(最高執行責任者)であるJeremie Toledano氏は、「Station Fがどのような基準で当社を選んだのかは全く分からないが、Station Fの選定委員会は、技術や市場分野の他、各新興企業が手掛けているさまざまな事業の開発段階などに、多様性を求めているようだ」と述べている。
Toledano氏が共同経営するSelf-Medは、医療関係者の経理関連のニーズをリアルタイムに完全自動化するプラットフォームを提供する。
Toledano氏によると、Station Fは、約20社のスタートアップ企業で構成するグループ「ギルド」を作っているという。ギルドは、Founders Programで選ばれた200社のスタートアップ企業をランダムにグループ分けしているわけではない。Station Fは、各ギルドに多様性を持たせることを重視している。
選考プロセスは、どのようなものだったのだろうか。
Toledano氏の説明によると、スタートアップ企業はまず、重要業績評価指標(KPI: Key Performance Indicators)に関するあらゆるデータを提出するという。最初にオンラインで提出し、その後、カメラの前で30秒のライブインタビューを受ける。だが、Toledano氏は、「エレベーターピッチ*)のように、端的に自社について説明するのは難しい」と話す。
*)「エレベーターピッチ」とは、エレベーター内で投資家に会ったときに、エレベーターを降りるまでの30秒ほどの短い時間に自社について説明して売り込むプレゼンテーションの方法である。
Station Fの選考委員会は、どのようなメンバーで構成されているのだろうか。誰が「このアーリーステージのスタートアップ企業が他の企業よりも優れている」という判断をするのか。
Station Fによると、選考会には、Station Fが指名した21カ国、100人の有力起業家が出席したという。これらの起業家は、Station FがFounders Programに最適なスタートアップ企業を選出するサポートをする。選考委員会には、ソフトウェア開発会社である米国のZendeskやITスタートアップ企業である米国のBuffer、デジタルヘルス製品メーカーであるフランスのWithings、ドローン関連事業を手掛ける日本のCLUEなどの創設者が名を連ねる。
起業家同士でお互いをサポート
「起業家の問題の90%は、他の起業家によって解決される」。これは、Station Fの信条の1つだ。
インキュベーターは、「創設者は、同様の問題に対応した経験を持つ人々のいる環境に身を置くことが大切だ」と確信している。
Prevision.ioのデータサイエンティストであるGerome Pistre氏は、「データサイエンティストにとって、同志である他のスタートアップ企業が関わるビジネスについて話すのは興味深いことだ」と話す。Prevision.ioは、エネルギーや保険、小売、医療、電気通信、銀行業務における利用予測を提供する自動機械学習クラウドプラットフォーム開発を手掛けるスタートアップ企業だ。
Pistre氏は、「スタートアップ企業が交流し、他社からのフィードバックを得ることは、必ず役に立つ。他社のビジネスについて学べると同時に、その企業が将来的に自社の顧客やパートナーになる可能性もある。言ってみれば、さまざまな業界で、AIを活用する方法を模索し始める企業が増えているということだ」と述べている。
だが、「ギルド」の他のスタートアップ企業と物理的に近い場所で仕事をすることが、本当に役立つのだろうか。
Toledano氏によると、Station Fのスタートアップ各社は、ビジネス向けチャットツール「Slack(スラック)」で他社に関する情報を得ているという。Station Fでは、全社がSlackに参加している。「Station Fの中での課題についてSlackで話し合っていると、他のスタートアップが何をやっているのか、そしてStation Fではどんなことが進行中なのかがよく分かる」(同氏)
(次回に続く)
【翻訳:田中留美、滝本麻貴、編集:EE Times Japan】
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