心を組み込まれた人工知能 〜人間の心理を数式化したマッチング技術:Over the AI ―― AIの向こう側に(15)(1/13 ページ)
「マッチング」と聞くと、合コンやお見合いなどを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、もちろん、それだけではありません。今回は、ゲーム理論、オークション理論、行動経済学を「マッチング技術」として解説します。実はこれらの技術は、“人間の心理を数式として組み込むこと”に成功していて、幅広い分野で成功事例がみられる、とても興味深く珍しいAI(人工知能)技術なのです。
今、ちまたをにぎわせているAI(人工知能)。しかしAIは、特に新しい話題ではなく、何十年も前から隆盛と衰退を繰り返してきたテーマなのです。にもかかわらず、その実態は曖昧なまま……。本連載では、AIの栄枯盛衰を見てきた著者が、AIについてたっぷりと検証していきます。果たして”AIの彼方(かなた)”には、中堅主任研究員が夢見るような”知能”があるのでしょうか――。⇒連載バックナンバー
婚活を連敗に導く元凶はスマホなのか
以前、飲み会で、後輩たちに対して、「お前たちは、全くラクでいいよなぁ」と語ったことがありました。
江端:「携帯電話のない時代、異性の家に電話するというのは、相当に敷居の高い行為だったんだ。なにせ、彼女の親が電話に出る可能性は十分に高くて、それを突破しなければならなかったんだからな」
江端:「彼女の親が出てきた場合に備えて、電話をかける前に、何度も電話の前で、セリフの練習をしたものだ。『あ、こんにちは。私は、○○さんのクラスメートで、江端というものです。○○さんがご在宅でいらっしゃいましたら、ご連絡申し上げたいことがありまして、お電話差し上げました』、てな感じで」
江端:「受話器を握りながら何度も練習(できるだけ快活な好青年の声を作りつつ)してから、本人が電話に出てくれることを祈りつつ ―― 間違っても、彼女の父親が電話に出ないように、神サマに祈りつつ ―― ダイヤル*)を回したものだ」
*)「ダイヤル」って分かりますか……?
江端:「加えて、通話時間にも厳しい制約もあったんだ。当時、電話は一家に一台で、電話料金は、びっくりするほど高かったし、そもそも、長電話をすれば、お互いの家の電話が使えなくなることもあって、長くても10分間以内で話を完了させないと ―― これが1時間にも及ぶことにでもなれば、彼女の両親の私(江端)に対する心証は最悪となってしまうので ―― 約3分で、『普通の会話を装いつつ、愛を伝えなければならない』という、超高度な"愛情表現圧縮技能"も必要になったんだ」
江端:「しかるに、今のお前たちはだなぁ……メール、Twitter、Line、Skype、本人にメッセージ直通で、通話時間も料金も考慮しなくても、無制限ともいえるリソースを使って、恋愛や婚活戦略ができるとは、お前たちは、まあ、なんとぜいたくなやつらなのだ、と思うよ」
と、私が、お酒に酔いながら、いい気分で語っていると、いつのまにか、真剣な表情をした(一部には憤慨の表情を浮べていた)若手研究員たち5人に取り囲まれていました。
後輩A:「江端さん。アホですか、あなた。そもそも、あなたは、スマホによるコミュニケーションパスがあるだけで、昨今の恋愛や婚活がそんなに簡単に運ぶと思っているのですか」
後輩B:「いいですか、江端さん。例えば合コンなどで知りあった女の子のグループに対して、そのグループの存在をないがしろにして、狙った女の子"だけ"にメールやLineで連絡を取ろうとしたら、どんな目に遭うか知っているのですか? 女の子のグループ全体をないがしろにするような振る舞いをする男は、グループの空気を破壊するものとして、その女の子本人から一瞬にして排除されるのです」
後輩C:「分かっているのですか、江端さん。私たちは、女の子のグループ全員のプライドを損なうことなく、その全員とコミュニケーションを取りつつ、話題や、メッセージ発信の頻度や間隔を調整しつつ、そのターゲットの女の子すら気付かないくらい微妙な速度で、かつ、ベクトル修正を続けながら、接近していかなければならないのです」
後輩D:「江端さんは"空気を読めない痛い子"だから、仕方ないのかもしれませんが、私たちのグループ(男の側)でも、同じ女の子を狙って、当然、冷戦(Cold War)が発生しますよ。それでも、いや、それだからこそ、私たちは、自分たちのグループで分断を発生させるような、いわゆる奇をてらった直接的なアプローチは禁じ手なのです。サークルや職場の人間関係を破壊する事態だけは、回避しなければならないからです」
後輩E:「総じて江端さんの時代は、『彼女の親を超える"Over her parents"』という単一のルールさえ守れば、あとは自分のフィールドだけで闘うことが許される、簡単で単純な世界だったんですよ。私たちから見れば、社会的合意のある制約下において、恋愛や婚活戦略ができた江端さんたちは、まあ、なんとぜいたくなやつらだったんだ、と心の底から思いますよ」
5人の後輩研究員に囲まれて(吊し上げを喰らって)すっかり酔いの覚めてしまった私は、飲み会の畳の上で、『私が悪かった』と深々と頭を下げました。
私は、昨今の恋愛・婚活において、そのようなすさまじい駆け引きや謀略、集団心理と個人心理に基づく戦略理論が、若者たちの日常で展開されているとは、露ほども思っていなかったからです。
―― スマホこそが、昨今の恋愛戦や婚活戦を連敗に導いている最大級の戦犯である
今回、私はこの仮説を掲げて、「Over the AI ―― AIの向こう側に」を始めたいと思います。
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