心を組み込まれた人工知能 〜人間の心理を数式化したマッチング技術:Over the AI ―― AIの向こう側に(15)(10/13 ページ)
「マッチング」と聞くと、合コンやお見合いなどを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、もちろん、それだけではありません。今回は、ゲーム理論、オークション理論、行動経済学を「マッチング技術」として解説します。実はこれらの技術は、“人間の心理を数式として組み込むこと”に成功していて、幅広い分野で成功事例がみられる、とても興味深く珍しいAI(人工知能)技術なのです。
正直者が“幸せ”を見るシステム
さて、ここで、仮に町内会長が、2.5万円が上限だと考えていたのに、無理して2.8万円の評価を付けてしまったと仮定しましょう。町内会長は、このまま落札できたとしても、「気持ちの上で」3000円損したと感じます。
この状態でVCGメカニズムが発動すると、右の図のようになります。
つまり、VCGメカニズムが発動したとしても、下方修正された落札額は2.7万円となり、結局、町内会長は、2.5万円と評価したものを、2.7万円で落札しなければならず、若干改善はされているものの、まだ「気持の上で」2000円分損したと感じることになります。
つまり、自分の評価額より高く入札するインセンティブは、どの入札者にも発生しないのです。
では、今度は、下心を発動した状態では何が起こるのかを見てみましょう。
この場合の落札は、{9/23, 9/24} = {"町内会長", "町内会長"}となり、町内会長の落札額は2.1万円で、町内会長のもうかった気分は0.4万円分(2.5万円-2.1万円)になります。
しかし、"地元の姉"や"会社の後輩"は、正直に入札していれば、落札できた上に、それぞれ0.3万円、0.2万円も、もうかった気分になれたはずでした(合計0.5万円)。
なのに、わざわざ低い金額で入札したために、落札するチャンスをみすみす失ってしまった訳です。
つまり、自分の評価額より低く入札するインセンティブは、どの入札者にも発生しないのです。
以上より、VCGメカニズムにおいては、どの入札者も正直に入札することが最適戦略となるのです。
そして単純に入札者の評価値の和を最大にするような割り当てを考えるだけで、それがパレート最適にもなっており、加えて、修正価格はVCGメカニズムに任せておけば、勝手に決めてくれます。
私はこのメカニズムを理解したと思った時、本気で、泣きそうになりました ―― この世の中に「正直者が勝ち、かつ、もうかる」を、数理メカニズムで証明してくれるものがあることを知ったからです。
でも ―― ですよ。このVCGメカニズムでは、出品側である私(江端)が、一方的に損をすることになりませんか? だって、下方修正によって、金額が減らされるのですから。
しかし、前述した通り、VCGメカニズムは、ちょっと複雑に見えていますが、結局のところヤフオクと同じ、二位価格方式なのです。
そして、VCGメカニズムを使おうが、使うまいが、結局のところ出品者の利益(期待収入)は同じになる、という、こちらも驚がく動転の証明が、Vickrey-Clarke-Groves(VCG)メカニズムの、Vickrey(ヴィックリー)さんによって行われています(ヴィックリーさんは、この定理でもノーベル賞を取っています)。
(この定理の証明は省略します。複雑だからです。いえいえ「できない」わけではないです)
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