未来を占う人工知能 〜人類が生み出した至宝の測定ツール:Over the AI ―― AIの向こう側に(19)(7/11 ページ)
今回は、統計処理技術についてお話します。え? 統計? それってAIなの?――そう思われた読者の方、確かにAI技術とは言えません。ですが、統計処理技術はAIの根底を成すものであり、これを知らないままでは、「英単語を知らずに英語を話そうとする」ようなものなのです。
「無作為抽出」とは何か
しかし、ベンチャーが新規の事業を行う場合などは、当然、過去の顧客データなどはありませんので、その新規事業の成否を判定することはできません。また、新規事業に多額の投資が必要であれば、当然、事業の失敗は自分の破産(下手すると一生を棒に振る)を意味します。
このような問題に対しては、事業を小さく立ち上げて、顧客反応を調べる「仮説検証」という手法があります。どんなにデータを集めて分析の限りを尽して調べても、やってみてダメだったものは、いくらでもあります。
つまり、データ分析に金と時間を費やすくらいなら、とっとと事業を始めて、(うまくいかないなら)さっさと撤収すれば良い、というものです。
さらに、製品開発やサービス提供にお金がかかるようなものであれば、「クラウドファンディング」という手法もあります。これは、製品やサービスイメージを、ダイレクトにネットに公開して資金を募るというものです。
反応が良ければ資金が集まるので、事業を開始しやすくなるし、反応が悪ければ事業をやらない、という決断ができます。クラウドファンディングでは「仮説検証」よりも素早く動くことができ、市場評価で好感が得られることが分かり、おまけに資金まで得られます*)。
*)もっとも、事業ネタが第三者にダダ漏れになり、アイデアを盗用されるかもしれないことは、諦めなければなりませんが(特許で押さえようにも、ビジネスモデル特許は、最近、成立しなくなってきています)。
クラウドファンディングは、頭の古い経営者や、財布のひもが固い銀行家にプレゼンをする手間暇よりは、ラクで楽しいとは思います。
このような「仮説検証」や「クラウドファンディング」でベースとしている考えが、「無作為抽出」です。無作為抽出とは、調査対象をある母集団(調査対象の全体)からランダム(無作為)に標本抽出(サンプリング)する行為です。
日本全国の1億3千万人の人間にインタビューをしなくも、全体のごく一部を調べるだけで、大体の結果を得ることができるのです(前述した「有効投票者数が数万の選挙区であっても、100人に意見を聞けば、信頼度90%以上で、当落を判断できる」の話と同じです)。
乱暴な話ですが、2つの候補のうち、1つを選ばなければならないのであれば、2つの製品やコンテンツを作って、市場に投入すれば良いですし、2つの政策のどちらが有効であるか分からないのであれば、無作為に抽出した少数の人を使って、両方の政策を実施すれば良いのです。
政策決定のためにロビー活動に資金を投じるくらいなら、2つの実験費に金を費やした方が効率が良さそうです。ちなみに、今までこんな実験があったそうです。
(1)貧困世帯を高所得者地域に移住させるのは有効か?
→「貧乏は環境が生む」に対する実験。実験結果は「効果なし」となった
(2)貧困者が登校したりクリニックに来たら、その貧困者に金を払う制度は有効か?
→「学校の成績も健康も悪い貧困者」が、成績も健康も「大いに改善」した
(3)妊娠中絶を合法化すると、犯罪率低下するか?
→貧困家庭の無理な出産が激減し、ギャング予備軍の子どもが減り、犯罪率が低下した
なにしろ、これらは「予測」ではなく「現実の実測値」なので、誰も文句の付けようがありません。
もちろん、「仮説検証」であれ「クラウドファウンディング」であれ、無作為抽出による「社会実証実験」であれ、コストゼロでできる訳ではありませんが、それでも「取りあえずやってみる」が、有効な手段であることは分かります。
ですが、「まずやってみる」→「問題があれば、その時に考える」というマインドが、この国の国民には、絶望的に欠けているのです(関連記事:「ご主人様とメイドはテレパシー通信をしている?」。
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