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口に出せない介護問題の真実 〜「働き方改革」の問題点とは何なのか世界を「数字」で回してみよう(53) 働き方改革(12)(2/10 ページ)

今回は、介護に関する「働き方改革」の問題点に迫ります。本稿をお読みいただき、政府が声高にうたう「働き方改革」が現実に即しているかどうかを、ぜひ皆さまなりに考えてみてください。

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高齢者の「幸せ」とは

 こんにちは、江端智一です。

 今回は、政府が主導する「働き方改革」の項目の一つである、「子育て、介護、障害者就労」の中の、「介護」に関する最終回として、(i)高齢者の幸せ、(ii)高齢者の労働力による経済効果、(iii)認知症患者の心理の数値的アプローチ、の3点についてお話します。

 まず、いつもの通り、私が連載第1回で記載した課題と所感を示します。

 今回のコラムの中では、"高齢者介護"のことを、単に"介護"と言うこととします。

 では、”介護”の話に入る前に、"高齢者"について考えてみたいと思います。

 今回私は、高齢者を「社会の構成要素としての高齢者(トップダウンアプローチ)」ではなく、「高齢者の視点から見た高齢者自身(ボトムアップアプローチ)」で検討してみることにしました。

 その理由は簡単です。「高齢者となった私という存在が、社会にどう認識されるか」なぞは、私の知ったことではないからです。私は、いずれ"高齢者"になり、"被介護者"となり、"死"に至る「高齢者となったこの私を、この私がどう認識するか」と言うことを知っておきたかったからです。

 もちろん、今の私が、それを知ったところで、高齢者となり被介護者となり認知症となった私には、恐らく何もできないことも分かっていますが。

 まず、「高齢者が幸せに生きる方法」という観点から、各種の学説を調べてみました。その結果、おおむね以下の2つの理論に集約できるようです。

 「活動理論」と「離脱理論」のイメージを、ステレオタイプなフレーズで表現するのであれば「町内会の運動会の取りまとめに燃えるおじいさん」と、「縁側で猫を膝にかかえてお茶を飲むおばあさん」の違いということです。

 どちらの理論も、説得力があり筋の通った説明ができておりますが、この理論の対決は決着を見ることなく終結しました。逆に、高齢者が、"高齢者"という一言の概念だけでは説明不能であり、その多様性、多面性、そして各種のフェーズがあることを、社会に浸透させるきっかけになりました。

 以下の表は、私なりに、"労働"と"介護"の2つの要素から、高齢者をフェーズ分類してみたものです。

 フェーズAは、もっぱらサラリーマンであれば引退直後に、趣味の山登りや魚釣り、あるいは、町内会などで張り切っている人たちです。また、その気と努力と(それと年下からの無礼な言動に耐えられる)メンタルがあれば、現役として働き続けることのできるポテンシャルを持っている人です。

 フェーズBは、専業主婦または主夫をされていた人、会社勤めの人づきあいが嫌いで組織なんぞには二度と戻りたくない人あるいは、パソコンの操作ができない、メールが使えないなどの理由で働けない(または、そう信じている)人ですが、日常生活を過ごす上では全く問題のない人になります。

 フェーズCは、言うまでもなく、現在の私の母、または晩年の私の父の状態です。

 私の父は、そして母も、恐らく誰もが、"A"→"B"→"C"を経て、最期の時を迎えます。テレビ番組で紹介されている「元気なお年寄り」だって、どう足掻(あが)こうとも、最終的にはフェーズCになります。そして、テレビ局は、その「寝たきりのお年寄り」の姿を放送しません。

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