量子ビットの高精度制御と高速読み出しを両立:2方式のスピン量子ビットを結合
理化学研究所(理研)らの国際共同研究グループは、高精度制御に適した「スピン1/2量子ビット」と高速読み出しに適した「ST量子ビット」を結合させ、両方式の互換性を確保することに成功した。
半導体量子コンピュータの大規模化を加速
理化学研究所(理研)らの国際共同研究グループは2018年11月、高精度制御に適した「スピン1/2量子ビット」と高速読み出しに適した「ST量子ビット」を結合させ、両方式の互換性を確保することに成功したと発表した。
今回の研究成果は、理研創発物性科学研究センター量子機能システム研究グループの野入亮人特別研究員や中島峻研究員、樽茶清悟グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、量子システム理論研究チームのDaniel Loss(ダニエル・ロス)チームリーダー(バーゼル大学物理学科教授)、ルール大学ボーフム校のAndreas Wieck(アンドレアス・ウィック)教授らの国際共同研究グループによるものである。
半導体量子コンピュータは、単一の電子スピンからなる「スピン1/2量子ビット」によって、極めて精度の高い制御が可能となる。一方、2つの電子スピンからなる「ST量子ビット」を用いる方式は、初期化と読み出しが高速かつ高い精度で実行できるという特長を持つ。これら2つの方式を組み合わせることができれば、効率的な量子コンピュータを設計できるといわれてきた。しかし、2つの方式には互換性がなく、組み合わせる研究もなされていなかったという。
国際共同研究グループは今回、2つの方式を結合させ、両方式の互換性を確保することに成功した。具体的には、高い品質のGaAs(ガリウムヒ素)/AlGaAs(アルミニウムガリウムヒ素)ヘテロ接合基板上に金属微細加工を行い、3つの電子スピンからなる「三重量子ドット構造」を作製した。これらの量子ドットは、スピン1/2量子ビットおよび、ST量子ビットとして動作する。
三重量子ドットの近くには小さい磁石を配置した。この磁石が作る局所磁場を用いて、単一試料上で、2方式の量子ビットを動作させることができる。また、両方式の量子ビットは交換相互作用によって結合が可能となる。この結合はゲート電極に印加するパルス電圧で高速に制御できるという。
実験ではまず、量子ビット間の結合を切り離して、それぞれの量子ビットの動作を確認した。この結果、スピン1/2量子ビットは、操作時間に対して「上向き」と「下向き」の状態が周期的に入れ替わるように振動する様子を観測。ST量子ビットは、一重項と三重項の間で状態の振動(位相の振動)を観測するなど、それぞれ正しく動作していることを確認した。
次に、ゲート電圧によって、スピン1/2量子ビットとST量子ビットの結合強度を制御した。両量子ビットを結合させると、スピン1/2量子ビットの向きによって、ST量子ビットの振動数が変調される。この機構を利用して「量子もつれ」状態を生成することができる。制御位相ゲートにより、量子もつれを最大化することができるという。
実験では、最大で量子ビット間の結合強度90MHzを達成した。制御位相は、両量子ビットを結合させる時間に対して11ナノ秒で振動しており、5.5ナノ秒で制御位相ゲートを実行できることが分かった。これに対し、量子ビットのコヒーレンス時間は211ナノ秒と長く、制御位相ゲートが正確に実行されているとみている。
制御位相ゲートの動作確認も行った。スピン1/2量子ビットの回転操作で、重ね合わせ状態を含む任意の状態を用意。制御位相ゲートを実行した後、最後に両量子ビットを読み出した。この結果、スピン1/2量子ビットの回転操作時間に応じて、スピン1/2量子ビットの状態が上向きと下向きの間で振動する様子を確認した。同様な振動はST量子ビットの位相にも観測されたという。以上のことから、制御位相ゲートはスピン1/2量子ビットの重ね合わせ状態に対しても、正しく動作することを確認した。
今回の研究成果により、ST量子ビットの特性を生かしつつ、スピン1/2量子ビットの課題といわれてきた読み出し時間を従来の1000分の1に改善することが可能となった。
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