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「頭脳流出」から「頭脳循環」の時代へ、日本は“置き去り”なのかイノベーションは日本を救うのか(30)(1/4 ページ)

今回は、「頭脳流出」と「頭脳循環」について、これまでの経緯と筆者の見解について述べたいと思う。アジアの「頭脳循環」に比べて、日本のそれは少し異なると筆者は感じている。

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頭脳流出と頭脳循環

 さて、前回から少し間が空いたが、ここまで、1990年代から現在までにおける、日本企業のシリコンバレー進出の変遷を見てきた。

 今回は、「頭脳流出」と「頭脳循環」について、これまでの経緯と筆者の見解について述べたいと思う。

 日本でもひと昔前、頭脳流出が問題となった。古くはノーベル物理学賞の受賞者である江崎玲於奈氏、ノーベル医学生理学賞の利根川進氏、ラスカー賞の増井禎夫(よしお)氏、フィールズ賞の広中平祐氏、グリーンハウスエフェクトで知られた真鍋淑郎(しゅくろう)氏、しばらく前では日亜化学と青色LED特許紛争で一躍、日本のみならず世界の脚光を浴びた中村修二氏など、枚挙にいとまがない。

 これは日本に限った事ではなく、過去において、アジア諸国から米国に流出した“頭脳”はとても多い。ただし、他のアジア各国から米国への頭脳流出は、日本からとは様子が少し違うのである。

 今から30年以上前の1985年当時、台湾などから米国のスタンフォード大学やカリフォルニア州立大学バークレー校への理科系留学生は既にかなりの人数に上っていた。

 これらの学生の多くは裕福な家庭の出身者だったが、博士号を取得し、いざ自国へ戻って就職しようとすると、米国と同等レベルの給料をもらえる就職口が見つからない、というケースが多々あった。そこで、仕方なくシリコンバレーで就職し、米国に定住することにした。このような人たちは、筆者の周りに何人もいた。

 懐かしい話ではあるが、1986年ごろ、台湾の新竹サイエンスパークを訪ねる機会があった。当時、そこにある国立の工業技術研究院(ITRI:Industrial Technology Research Institute)では64kバイト(Mバイトではない)のDRAMの開発を行っていたが、歩留まりが50%という話をされたのを覚えている。

 当時、台湾では“台湾のシリコンバレー“を生み出そうと、国を挙げての取り組みが始まったばかりであり、台湾の経済もようやく成長の軌道に乗り出したころだった。そのため、米国に留学していた人物が台湾に戻ってきても、それなりの待遇で頭脳を受け入れられる素地が無かったのである。

 つまり、この時は完全に「頭脳流出」であった。

 ところが、現在はどうなっているかというと、台湾のみならず、韓国、中国、インドなど経済が進行している国では、「頭脳流出」ではなく「頭脳循環」が起こっているのである。

 20年ほど前とは異なり、今ではこうした国から留学生として米国に来た人たちは、学位を取得した後、すぐに自国に戻る。自分たちをきちんと受け入れてくれる素地が整っているからだ。

 卒業後、数年はシリコンバレーで働いたり、シリコンバレーで起業したりする留学生もいるが、その後はすぐに自国に戻り、シリコンバレーで身に着けた知識や感性を生かして母国で起業したり就職したりするのである。あるいは、シリコンバレーで起業し、間もなく自分の母国や共同創業者の母国に子会社を作り、開発をそちらの拠点で行うようにしていくケースもある。そして本人も母国に戻り、そこを拠点として米国と行き来するか、シリコンバレーを拠点として母国と行き来するかしながら、ビジネスを続けていくのだ。

 Baidu(百度)を創立した李彦宏(り・げんこう)氏などはその典型だろう。彼は、北京大学卒業後、米国ニューヨーク州立大学に留学し、Dow JonesやInfoseekに勤務した後、2000年に中国に帰国しBaiduを立ち上げている。

 つまり、「頭脳流出」から「頭脳循環」へと変わってきたのである。

「頭脳循環」が示すアジアの経済発展モデル

 頭脳循環の意味するところはとても大きい。これはつまり、アジアの経済発展のモデルが以前とはかなり違ってきたということを指している。

 昔のモデルでは、新しい技術や製品は、まず米国で出現するというのが一般的だった。米国は、高度な開発力を持ち、裕福な顧客を抱える巨大市場の先進国であるからだ。そして、それらの最先端技術や製品が標準化されて製造プロセスが成熟した後、より低コストで生産できるアジアの国々にシフトしていく。このモデルでは、当時の台湾、中国、インドなど発展途上国では独自の技術開発のチャンスは少なかった。そのため、国によっては、国策により技術振興や模倣を図ったところもある。

 ところが、現在のモデルでは、高度技術者と情報が米国(シリコンバレー)とアジアの国々を往来し、米国への移住一世はシリコンバレーでの仕事の経験はもちろん、出身国との強いコネクションを持っている。このモデルでは、多くの製品において開発と製造が分業され、アジアの国々に大きな技術発展の機会をもたらす。アジア各国にとっては、独自の技術開発のチャンスが大きく開かれることになる。

 日本にとっての大きな課題は、「日本はこの頭脳循環の輪から外れているのではないか」ということである。


日本は「頭脳循環」の輪から外れているのだろうか(クリックで拡大)

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