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障害者雇用対策に見る、政府の覚悟と“数字の使い方”世界を「数字」で回してみよう(58) 働き方改革(17)(9/10 ページ)

今回は、働き方改革のうち「障害者の雇用」に焦点を当てます。障害者雇用にまつわる課題は根が深く、これまで取り上げてきた項目における課題とは、少し異質な気がしています。冷徹にコストのみで考えれば「雇用しない」という結論に至ってしまいがちですが、今回は、それにロジックで反論してみようと思います。

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「法定雇用率」、ほんとは5%でした……となったら?

 仮に ―― 仮にですよ。『法定雇用率を、厳密に計算しなおしたら"5%"でした』となったら、どうなるでしょうか?

 間違いなく、戦後から政府が、官庁や民間企業と数十年に渡って地道に続けてきた、障害者雇用の施策は、一瞬で瓦解することになるでしょう。

 法定雇用率を、10年で0.2%というような超低速なスピードで上げてきたのは、障害者雇用という官庁や民間企業にとって、決して「おいしくない」施策を、なんとか飲み込ませるための、牛歩戦略です(2018年の突然の0.2%のアップは、「働き方改革」という錦の御旗を、うまいこと利用する作戦だと思います)。



 障害者の雇用が増えることは、絶対的な社会正義です。

 行政が、法定雇用率を発表し、障害者の雇用数を明確にすることで、会社や組織は、障害者の労働環境に作り直すモチベーションが発生します。これによって障害者の雇用が増えれば、障害者の外出促進によって街のバリアフリー化が進みます

 その結果、障害者の多様な働き方に対する技術への研究投資が進むことになり、その技術によって、働きたい人が、その人の望む形での就労が可能となり、その結果として労働力が増強する――。このようなパラダイムや技術は、他の分野(シニア、介護など)への展開ができるはずです。

 これが理想論であることは分かっていますが、この程度の理想もなく、ただ変化しない"今"を漫然と生きるよりは、このような理想を抱いて生きていく方が「おいしい」と私は思います。 ――これが、冒頭でお話した「何度ダウンしても、その度に立ち上がって、ファイティングポーズを取り続ける社会」です。

 そして、その社会を実現する手段になるのであれば、数字は、ただの道具(はったり) ――ただ背中を押すだけの手 ―― であって良いのです

 それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。

【1】冒頭で、「障害者となった私が社会から強制排除されるとしたら、どういうアプローチとロジックで行われるか」という思考実験を行いました。その実験プロセスにおいて、「江端さん、あなたは、もう会社に来なくてもいいです」のロジックが成立してしまうことと、「健常者」なるものが、単に「”障害者への待機状態”にある者」にすぎないことを明らかにしました。

【2】政府が主導する「働き方改革」の項目の一つである、「障害者就労」を調べていくうちに、これまでに感じたことのない違和感を覚えました。それは、江端の仕事(数字で事象を理解する)を、「先取り」されているという感覚でした。

【3】まず、世間一般で使われている"障害者"の定義を説明した上で、"障害者"とは、その時代の社会が、その社会の状況に応じて決まる、流動的な概念であることを説明しました。その一例として、IT活用によって"障害者"を減らすことも、増やすことも可能であるという実例を紹介しました。

【4】"障害者"の人口が、実に日本の大都市の人口に匹敵する多さであることを示した上で、その"障害者"の雇用が、恐ろしく小さいことを数値で明らかにしました。また、障害者であっても、「身体」「知的」「精神」のそれぞれの障害によって、全く異なる傾向があることを示しました。

【5】「障害者を社会から排除することは”是”」であるというロジックを破壊し「障害者と共存する社会は"おいしい"」であるというロジックの再構築をする思考実験にお付き合い頂きました。

【6】企業や組織は障害者を雇用するモチベーションが発生しないことから、「力づく」で雇用させる障害者雇用率制度があることを紹介しました。その制度の本質が「嫌がらせ」であると説明した上で、その障害者雇用率制度の数値の算出根拠ついての江端の疑義についてお話しました。

【7】「障害者の雇用が増えることは、絶対的な社会正義である」という江端の考えに基づき、その社会正義のためであれば、数字は、ただの道具(はったり)であっても構わない、という、江端のポリシーを説明しました。


 以上です。

数字は「危険な凶器」になり得る

 さて、今回私は、

まず、障害者の「雇用」が先だ。「雇用」が達成されていない状態で、「障害者の働き方」うんぬんなんぞと言っている場合か ――

という政府方針を勝手に推測して、あたかもそれが事実のように語っていますが、実際のところ、政府資料に、「障害者の働き方」についての記述が全くなかった訳ではありません。

 とはいえ、基本的には、労働時間に関する条件緩和、勤務形態の多様性、会社の設備投資の輔助金制度などの、制度や設備面の話になっています(まあ、他の項目についても、似たようなものですが)。

 政府資料以外の書籍では、障害者の障害の状況に応じた労働環境の作り方についての提案もあり、大変参考になったのですが、現時点では提案ベースの話にとどまっており、ユースケース(実例)として記載されるほど具体化されていない、または、華々しい成功例はない、というのが実情のようです。

 それと、もう一つ。私は、これまで非正規雇用や、病気、ブラック企業、シニアについても、色々調べてきたのですが、この障害者対策と比べると、その目標数値などの定量化(数値化)について、随分見劣りがします(というか、障害者就労は、「数字の塊」といってもいいくらいです)。

 私たちのエンジニアの世界では、「数字を出せば、それが勝手に走り出す」という言葉があります。つまり、下手に希望的な数値を言えば、それが自分のノルマとなって、自分を苦しめることになる ―― 私たちは経験的に、このような目に遭遇してきました。

 お役所の仕事であれば、この傾向はさらに顕著になるでしょう。「数字」というのは、他人に対しては「強力な武器」であり、自分に対しては「危険な凶器」になることは、エンジニアの世界の比ではないだろうと予想できます。

 政治家であれば、数字を明言することは、ほとんど自殺行為です。

 ところで、私、今度、自分の居所の選挙区の立候補者全員に対して、次のような質問状を送付しようと考えています。


あなたの政策について、合計点10点として、当選した場合、あなたが政策に注力する比率を記載して、それを、私に返送して下さい。

■高齢者福祉 ___点
■子育て支援 ___点
■外国人労働者 ___点

       合計 10 点

ありがとうございました。
結果については、私の個人ホームページで開示させて頂きます。
なお、ご回答頂けなかった場合は、その旨も開示させて頂きますので、悪しからずご了承下さい。 江端智一


 私の居所の選挙区で立候補する人は、腹を括っておいてください

 それはさておき、今回の「障害者の就労」に登場する数字は、「強力な武器」として機能していると思いました。

 もうそろそろ、私たちは、政治や政策に対して専門家任せにせず、自分で考えた「数字」という言語で議論を始めても良い頃だと思うのです ―― 面倒くさいですけどね。

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