日韓経済戦争の泥沼化、短期間でフッ化水素は代替できない:湯之上隆のナノフォーカス(16)(3/4 ページ)
日本政府による対韓輸出管理見直しの対象となっている3つの半導体材料。このうち、最も影響が大きいと思われるフッ化水素は、短期間では他国製に切り替えることが難しい。ただし、いったん切り替えに成功すれば、二度と日本製に戻ることはないだろう。
フッ化水素には”レシピ“がある
半導体のプロセスフローが1000工程あるとしたら、恐らく100工程ほどがフッ化水素を使う洗浄工程である。そして、そのフッ化水素にも、さまざまな種類がある。
前節を見ても、東北大学の大見グループが、自然酸化膜を除去するためにフッ化水素とH2O2の混合液を使っている。また、同じく自然酸化膜を除去するためにimecでは、DHFとDHClの混合液を用いている。DHFでは、フッ化水素の希釈率が重要となる。
その他に、Si表面の金属を除去するために、フッ化水素とHClの混合溶液が使われる。さらに、フッ化水素とフッ化アンモニウムを混合させたBuffered HF(BHF)も、自然酸化膜除去やCMP後の洗浄に使われる。
加えて、フッ化水素で洗浄すると、Si表面上の酸化物が除去され、表面が水素で終端されて疎水性となるため、コンタクトホールの孔底に洗浄液が侵入しにくくなる。そこで、表面を親水性にするために、フッ化水素に界面活性剤を添加した洗浄液を使うケースが多い。
つまり、一口にフッ化水素といっても、希釈されていたり(DHF)、HClやH2O2と混合されていたり、界面活性剤が添加されていたりする。結局、除去したいものは何か、洗浄したい膜は何か、その構造はどうなっているか、などによってフッ化水素の成分が異なる。要するに、洗浄工程ごとにフッ化水素の”レシピ“が存在する。そして、その完全なレシピを、半導体メーカーは知らない。
特に、フッ化水素に、どんな界面活性剤がどのような濃度入っているかは、材料メーカーが情報を出さない。従って、Samsungなどの半導体メーカーは、パフォーマンスは分かっているが、その中身はブラックボックスのフッ化水素を使用していることになる。そのような複数種類の“レシピ”があるフッ化水素を、材料メーカーが製造し、200リットルのドラム缶やタンクローリーなどで、半導体工場に輸送している。
日本製のフッ化水素を代替するには
日本製のフッ化水素の調達が困難になり、中国、台湾、ロシアなど他国製で代替する場合、何をしなくてはならないか?
例えば、DRAMのプロセスフローが1000工程あり、そのうち100工程にフッ化水素を使っていたと仮定する。100工程全ての”レシピ”が異なるとは思えないが、10種類くらいの“レシピ”があるかもしれない。DRAMを量産するためには、その全ての”レシピ“を確定しなくてはならない。
それは簡単なビーカー実験でできるものではなく、DRAMの歩留まりで検証し、最適化する必要がある。1ロット25枚のシリコンウエハーに半導体を作り込むのに2〜3カ月。特急ロットでも数週間はかかる。これを何回も繰り返し、全ての工程に対して最適化された”レシピ“を開発しなければ、DRAMは量産できない。
冒頭で、フッ化水素の代替には、ベストケースで1年、常識的に考えれば2〜3年かかると書いたが、その意味がお分かりいただけたのではないだろうか?
ボリュームの問題
フッ化水素の“レシピ”の問題が解決されたら、今度は、ボリュームの問題が待っている。Samsungでは、毎月、数千トンレベルのフッ化水素を使用していると推定している。
少なく見積もって毎月2000トンと仮定してみよう。内壁をテフロンコーテングした特殊仕様の200リットルドラム缶が2万本必要となる。この物量は、すぐに準備できるものではない。
さらに、この2万本のドラム缶を、Samsungの半導体工場(ピョンテク、ファソン、中国の西安がある)の最寄りのストックポイントに輸送する大型トラックが相当な台数必要となる。当然、トラックの台数に見合ったドライバーも必要である。
筆者の想像では、ストックポイントにおいてフッ化水素専用のタンクローリーに移し替え、Samsungの半導体工場にピストン輸送していると思われる。その特殊なタンクローリーを必要台数用意し、それを運転するドライバーを確保しなくてはならない。
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