5G対応スマホにみる大手半導体メーカーの“領土拡大”:この10年で起こったこと、次の10年で起こること(38)(3/3 ページ)
今回は、既存のスマートフォンに取り付けることで第5世代移動通信(5G)対応を実現するアンテナユニット「5G moto mod」に搭載されるチップを詳しく見ていく。分析を進めると、Qualcomm製チップが多く搭載され、大手半導体メーカーの“領土拡大”が一層進んでいることが判明した――。
5G moto modの実に約8割がQualcomm製チップ
図4は、5G moto modの全チップにおけるチップ比率とQualcommのデバイス別の比率をまとめたものである。図左側は全体の様子である。5G moto modの実に約8割がQualcommチップセットで構成されているのだ。一つのメーカーだけで約8割を構成することは、まれである。残り2割の内訳はSamsungのメモリ、STMicroelectronicsのセンサーなど。まさにメモリとセンサー以外をQualcommはカバーしたことになる。電池から通信用パワーアンプ、アンテナまでを領土として広げたことが、5Gのスタートとして見ていくべき点となる。Samsungの5G対応スマートフォン、Galaxy S10 5Gも同様である。Samsungのチップセットの領域は広がっている。プロセッサ、電源IC、トランシーバー、パネル用タッチコントローラまでSamsungが自前の半導体で賄っている。
2017年以降、トップメーカーは上記のように自社のチップセットの領土を確実に広げ、従来のサプライヤーを締め出してきた。締め出されたメーカーはQualcommやSamsungの半導体と組み合わせることで成長してきたが、行き場を失い合従連衡を図るしかない状況になる……。
図4の右側はQualcommの5G向けチップセットのデバイス別の内訳比率である。おおよそ7割がアナログ(アンテナ系含む)、23%がパワーアンプ、デジタルはわずかに8%。スマートフォンといえばデジタル処理の典型デバイスと思われがちだが、内部でのデジタルチップは1割にも満たない。
領土拡大は半導体メーカー再編の引き金に
10nm、7nmのような微細プロセスでは1チップに100億トランジスタ規模の回路を搭載することができる。多くのCPUや強大なGPU、DSPやAI機能、ビデオ機能などを搭載しても十分である。デジタルは1チップないしは2チップで十分になり、それを最適化するための電源ICや、通信パワーアンプなどのデジタル周辺の分野が成長の領域になっているわけだ。
そのためアナログメーカーの再編(Texas InstrumentsによるNational Semiconductorの買収、On SemiconductorによるFairchild Semiconductor買収、Analog DevicesによるLinear Technology買収、ルネサス エレクトロニクスによるIntersil、IDT買収など)もこの10年大きく進んでいる。一方でQualcomm、Samsung、MediaTekらは自らのアナログ領域を広げており、チップセットでのカバー領域は年々広がっている。こうしたプラットフォームの領域拡大は5G時代には確実に進むものと思われる。Huawei傘下の半導体メーカーHisiliconも同様である。2019年は5G元年といってもよいが、今後本格的な普及期になれば、5nmのようなさらに多くの回路を搭載できるデジタルデバイスがデジタルの機能集約を進め、チップセットの在り方はさらに変化していくものと思われる。
こうしたチップセットは、ロボティクスや車載、その他の分野にもそのまま活用されていく可能性が極めて高いだろう。今後とも5Gスマートフォンの動向、チップセットの変化を隈なく観察していきたい。
筆者Profile
清水洋治(しみず ひろはる)/技術コンサルタント
ルネサス エレクトロニクスや米国のスタートアップなど半導体メーカーにて2015年まで30年間にわたって半導体開発やマーケット活動に従事した。さまざまな応用の中で求められる半導体について、豊富な知見と経験を持っている。現在は、半導体、基板および、それらを搭載する電気製品、工業製品、装置類などの調査・解析、修復・再生などを手掛けるテカナリエの代表取締役兼上席アナリスト。テカナリエは設計コンサルタントや人材育成なども行っている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 最先端プロセスでも歴然の差! チップ面積は半導体メーカーの実力を映す鏡
今回は、“チップ面積”に注目しながら2018〜2019年に発売された最新スマートフォン搭載チップを観察していく。同じ世代の製造プロセスを使用していても、チップ面積には歴然たる“差”が存在した――。 - Galaxy S10 5Gを分解 ―― ケータイで流行した2層基板が再び登場した背景と今後
今回は、Samsung Electronicsの第5世代移動通信(5G)対応スマートフォン「Galaxy S10 5G」の内部などを紹介しながら、最近のハイエンドスマートフォンで主流になっている“基板の2階建て構造”(2層基板)を取り上げる。 - iPhone XRとiPad Proの中身に透かし見る最新半導体トレンド
今回は2018年10〜11月に発売されたAppleの2つの新製品「iPhone XR」と「iPad Pro」の中身を詳しく見ていこう。2機種の他、9月発売の「iPhone XS/同XS Max」とも比較しながら、最新の半導体トレンドを探っていこう。 - 「XPERIA XZ2 Premium」にみる、スマートフォンの主戦場“カメラ周り”最新動向
2基のカメラを搭載する「デュアルカメラ・スマートフォン」が当たり前になりつつある。今回は、ソニーとして初めてデュアルカメラを搭載したスマートフォン「XPERIA XZ2 Premium」の内部を観察していく。 - わずか0.1mm単位の攻防が生んだiPhone X
Appleが、「iPhone」誕生10周年を記念して発売した「iPhone X」。分解すると、半導体技術のすさまじい進化と、わずか0.1mmオーダーで設計の“せめぎ合い”があったことが伺える。まさに、モバイル機器がけん引した“半導体の10年の進化”を体現するようなスマートフォンだったのだ――。 - ニッポンのお家芸“カメラ”にも押し寄せるスマホ用チップセットの波
リコーの360度全天カメラ「THETA」を取り上げる。2017年9月15日に発売されたばかりの最新モデル「RICOH THETA V」と従来モデルを比較していくと、外観にはさほど違いがないにも関わらず、内部には大きな変化が生じていたのだった――。