検索
インタビュー

米ADIで働く日本人技術者に聞く、オペアンプの地道な進化デジタルとアナログの“最先端”は違う(1/2 ページ)

AI(人工知能)や5G(第5世代移動通信)といったトレンドに後押しされ、技術の進化や競争の激化が著しいデジタルICの分野に比べ、アナログICは比較的ゆっくりと、だが着実に成長を続けている分野だ。ここ数年で、アナログ技術にはどのような進化があったのか。Analog Devices(ADI) でシニアスタッフデザインエンジニアを務める楠田義憲氏に、オペアンプの技術動向や、旧Linear Technologyとの合併後の開発体制などを聞いた。

Share
Tweet
LINE
Hatena

 AI(人工知能)や5G(第5世代移動通信)といったトレンドに後押しされ、技術の進化や競争の激化といった話題が多いデジタルICの分野に比べ、アナログICは比較的ゆっくりと、だが着実に成長を続けている分野だ。ここ数年で、アナログ技術にはどのような進化があったのか。アナログ大手のAnalog Devices(ADI) リニアプロダクツ&ソリューションズグループでシニアスタッフデザインエンジニアを務める楠田義憲氏に、オペアンプの技術動向や、旧Linear Technologyとの合併後の開発体制などを聞いた。



バイポーラからCMOSへ

EE Times Japan(以下、EETJ) まずはオペアンプ技術の動向と進化について教えてください。


ADI米国本社でシニアスタッフデザインエンジニアを務める楠田義憲氏

楠田義憲氏 プロセスでいえば、まず20〜30年前にロジックICが、次にA-Dコンバーターが、バイポーラからCMOSへと移り変わった。そして、ここ5年くらいでCMOS化が進み始めたのが、センサーフロントエンド(センサーからアナログ信号を受け、増幅して処理を行い、A-Dコンバーターに信号を渡す部分)だ。

 その背景として、プロセス技術の進化と回路技術の進化が挙げられる。プロセス技術では、比較的安価なCMOSプロセスをベースとした、高耐圧、高精度のプロセスを使えるようになった。ここでいう高耐圧は、電源電圧が30Vなどだ。それ以前のCMOSプロセスの電源電圧は5Vだった。そこから微細化が進み、3.6V、1.8Vと低くなり、近年は1Vを切るような微細プロセスも出てきている。

 だが、センサー信号処理で求められているアナログ技術は、上記の流れとは逆行している。10V以上の電源電圧で動作するセンサーが依然として多いからだ。しかも、物理的な特性によるものなので、低くはならない。そのため、センサーとのインタフェースとして機能するアナログオペアンプICは、高耐圧のバイポーラプロセスが必要だった。

 それが近年、30Vを超える高耐圧CMOSプロセスが使えるようになってきた。

 CMOSプロセスでは、微細化や、プロセッサのトランジスタ密度などがどうしても注目されるので、“微細な方が最先端だ”という着眼点になりがちだが、われわれが携わるセンサーインタフェースとしてのアナログ回路では、微細化ではなく、高耐圧、高精度、安価、壊れにくいといった点が“最先端”になる。

EETJ CMOSプロセスへの置き換えに、何か課題はありますか。

楠田氏 バイポーラのデバイスと比べた場合、CMOSデバイスは、コストは低いが、オペアンプで重要な性能の一つであるオフセットエラーや低周波ノイズのエラーが10倍以上悪くなってしまうという点だ。


ADIの代表的なゼロドリフト・アンプ「ADA4522」ファミリー

 それを解決するための回路技術が、ゼロドリフト技術と呼ばれるものだ。スイッチングのクロックを使って、オペアンプのオフセットエラーを定期的に検出し、補正する。このゼロドリフト技術を採用したオペアンプ(ゼロドリフト・アンプ)は、今のところ、ADIの他には限られた数の競合しか市場に投入していない。

 ゼロドリフト技術を使うと、バイポーラを使った従来のプロセスよりも約10倍優れているという結果が出ている。ノイズに関しては、設計によって、バイポーラの方がよい時もあれば、CMOSの方がよい時もある。

 CMOSプロセスに置き換わってきたとはいえ、アプリケーションによって従来のバイポーラが必要な時もあるので、両方のプロセスが必要だと考えている。

EETJ では、CMOSがバイポーラを完全に置き換わるというわけではないのですね。

楠田氏 一般的にはそうだが、私はCMOSプロセスを用いる設計者なので、個人的な究極の目標としては、私の設計したデバイスで完全にバイポーラからの置き換えたいという思いはある(笑)。反対に、バイポーラプロセスを用いる当社の設計者は、CMOSデバイスに駆逐されないようなデバイスを設計すればいいのでは。そうやって切磋琢磨して、どちらの性能も上げていけばよいと思う。

EETJ コスト面ではどうなのでしょう。

楠田氏 一般的にはCMOSデバイスの方が安価だといわれている。ざっくり言うと、価格差で2倍ほどではないか。

 バイポーラもCMOSも、どちらも使えるという設計者であれば、価格的にCMOSデバイスの方が有利になってくるという可能性はある。ただ、現状、数十年アナログ回路を設計しているユーザーは、バイポーラを使っている場合が圧倒的に多い。2019年7月に当社が開催したセミナーに登壇した際には、「ゼロドリフトアンプはクセが強く、なかなか使い慣れない」という声も聞いた。

EETJ クセが強いというのは、具体的にはどういうことでしょうか。

楠田氏 ゼロドリフトアンプではクロックを使って補正しているが、そのクロックから出てくるスイッチングノイズが問題になる。

 ただ、ゼロドリフトアンプを使う際の注意点を守っていただければ、例えば100あるアプリケーションのうち90くらいまでは、ノイズが問題ないレベルで設計できると考えている。残りの10については、われわれICの設計者側とアプリケーション開発者側で議論を重ね、改善していく余地は大いにある。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

       | 次のページへ
ページトップに戻る