米ADIで働く日本人技術者に聞く、オペアンプの地道な進化:デジタルとアナログの“最先端”は違う(2/2 ページ)
AI(人工知能)や5G(第5世代移動通信)といったトレンドに後押しされ、技術の進化や競争の激化が著しいデジタルICの分野に比べ、アナログICは比較的ゆっくりと、だが着実に成長を続けている分野だ。ここ数年で、アナログ技術にはどのような進化があったのか。Analog Devices(ADI) でシニアスタッフデザインエンジニアを務める楠田義憲氏に、オペアンプの技術動向や、旧Linear Technologyとの合併後の開発体制などを聞いた。
実はカルチャーが似ている? ADIとLinear Technology
EETJ 旧Linear Technologyと2017年3月に合併が完了し、2年以上が経過しました。社内の組織的にはどのようになっているのでしょうか。
楠田氏 縦割りでいえば、もともとのADIの強みであったオペアンプ、A-Dコンバーターは、元ADIのチームが主体に、旧Linear Technologyの一番の強みであった電源ICでは旧Linear Technologyのチームが主体となっている。
個々のエンジニアの能力については、旧Linear Technologyの方たちは尊敬できる方が多い。
新しいチップを開発するプロジェクトでは、必ずこのIP(Intellectual Property)を使わなくてはいけないとか、そういった制限やルールをあまり設けず、「好きなようにして」というのがADIのカルチャー。個々のエンジニアの馬力や才能に任せて開発を進めている。Linear Technologyと合併した時に、Linear Technologyの方が、さらにそういった色が強いと感じた。社内のカルチャーが、似ていたのかもしれない。
また、Linear Technologyとの合併に限らず、ソフトウェアエンジニア、システムエンジニア、マーケットアナリストなど、10年前ではあまり見かけなかった人が増えて、社内の多様化が進んだと思う。
米国で、エレクトロニクスエンジニアとして働くということ
EETJ 楠田さんは、もともとはADIの日本法人で働いていましたが、日本と米国とで、何か働き方の違いはありますか?
楠田氏 ADIでは、日本のデザインセンターのみでICの開発を完了させるということが、リソースの点で難しいので、必ず米国の事業部とチームになって開発する。そのため、日本にいた時から米国のチームと一体になって仕事をしてきた。そういった経緯もあり、米国本社で働くようになってからも、仕事の進め方などは特に変わっていない。
米国ではそれぞれの人が大きく違っていて多様性があり、結果を出すことが重要だと感じている。
EETJ 米国社会において、エンジニアという仕事に対する一般の人たちの認識はどんな感じなのでしょうか。
楠田氏 私が現在住んでいるシリコンバレーには、さまざなタイプの科学博物館があり、そこではエンジニアの仕事や、世の中の技術が発展していった経緯などが展示されている。そういった意味では、エンジニアの仕事を知る機会は多いのかもしれない。米国の方が、エンジニアという職業が、一般的な人々の間でより認知されていると感じることはある。
EETJ 日本では女性エンジニアの比率が少ないといわれています*)が、ADIの米国本社ではいかがですか?
*)IT系企業では、女性エンジニアの比率は19.3%(出典:情報サービス産業協会「2018年版 情報サービス産業 基本統計調査」)
楠田氏 ADIの本社は開発が主だが、女性の比率が3〜4割といったところではないか。
EETJ 学生はどうでしょうか。
楠田氏 アナログエンジニアを学ぶ学生は、やはり減っていると思う。特にシリコンバレーでは減っていると感じる。
シリコンバレーにおける、アナログメーカーの立ち位置
EETJ AIアクセラレーターや最先端プロセッサなどが、どうしても注目を集めがちですが、シリコンバレーにおいて、アナログメーカーというのはどういった立ち位置なのでしょうか。
楠田氏 きちんとシステム全体で考える人が多いので、アナログ技術の重要性も認識されていると感じる。ただ、“進化のスピードや度合い”という見方をすると、急速に発展しているAIなどは話題性がある。そういった分野ではスタートアップも出やすいし、存在感としては大きい。一方でアナログ技術は昔からあり、長い時間をかけて順調に成長してきたので、ホットな話題としては上りにくい。そういう性質の違いはあると思う。
ただ、例えばプロセッサは、製品カテゴリーとしてはデジタルだが、プロセッサをいかに高速クロックで動作させるか、数アンペアを超える電流をいかにスイッチング電源でサポートするか、といったものはアナログ技術だ。そのため、アナログ技術に対する要望は高いと思う。
最終的な技術の進歩は、アナログ、デジタル、どちらか一方のみの進歩によるものではない。
EETJ 今後、アナログ技術のどんなところに期待してもらいたいですか?
楠田氏 これまでのアナログ技術は、性能の向上がメインだった。より高速に、より低ノイズに、より低消費電力にしていくことや、Figure of Meritを上げていくといったことが重要だった。もちろんそれはこれからも変わらないが、今後は、アナログの部品やシステムを提供するメーカーとして、“性能+使い勝手”も、より重要になってくるのではないか。アナログの知識があまりないユーザーでも、使いやすいこと。それを大事にしていきたいと考えている。
EETJ 使い勝手を上げるとは、具体的にはパッケージ化などですか?
楠田氏 それも一つの方法だ。以前は、例えば「ブリッジセンサーから出てくる微小信号を増幅してフィルターにかけてA-D変換する」というケースがあった場合、設計者は、ゲインの設定やフィルターのカットオフ周波数などを計算し、場合によってはシミュレーションも行っていた。だが、設計者が全員、それをしなくてはいけないというのはハードルが高い。その部分をパッケージ化し、設計者が、要件の質問にそって数字を埋めていくと、必要な仕様が自動で設定できるような製品を作るのは、一つの方法だ。
実際、このようなパッケージ化あるいは、A-Dコンバーターのところまでモジュール化してほしいといった要望はとても多い。顧客側でも、アナログ技術を熟知している人たちが減っているし、アナログ回路を細かく見る時間がなくなっている。そこを、アウトソースしたい(アナログメーカーに任せたい)と考えるのは、ごく自然なことだと思う。
“レジェンド”が存在するアナログ業界
EETJ “レジェンド”と呼ばれる存在も多いアナログ業界ですが、アナログエンジニアとしてのご自身の目標をお聞かせください。
楠田氏 これまで、そのようなレジェンドのような方に、面倒を見てもらう機会、相談に乗ってもらえる機会を得てきた。そういう人たちと話ができるのは、素直にうれしい。
それから、レジェンドと呼ばれる方たちは、人間的にも素晴らしい人が多い。私が入社したてで、英語がどんなに下手でもちゃんと話を聞いてくれた。相手の言っていることが分からない時も、曖昧なままで済ませず、言いたいことをクリアにしてくれようとする。
私自身も、そういうアナログエンジニアになりたいと思っている。ただ、その人たちをマネるだけでは、ただの“コピー”になってしまうので、自分にしかできないことを追求していきたい。
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