もはや怪談、「量子コンピュータ」は分からなくて構わない:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(1)量子コンピュータ(1)(1/9 ページ)
「業界のトレンド」といわれる技術の名称は、“バズワード”になることが少なくありません。世間はそうしたバズワードに踊らされ、予算がバラまかれ、私たちエンジニアを翻弄し続けています。今回から始まる新連載では、こうしたバズワードに踊らされる世間を一刀両断し、“分かったフリ”を冷酷に問い詰めます。最初のテーマは、そう、今をときめく「量子コンピュータ」です。
「業界のトレンド」といわれる技術の名称は、“バズワード”になることが少なくありません。“M2M”“ユビキタス”“Web2.0”、そして“AI”。理解不能な技術が登場すると、それに“もっともらしい名前”を付けて分かったフリをするのです。このように作られた名前に世界は踊り、私たち技術者を翻弄した揚げ句、最後は無責任に捨て去りました――ひと言の謝罪もなく。今ここに、かつて「“AI”という技術は存在しない」と2年間叫び続けた著者が再び立ち上がります。あなたの「分かったフリ」を冷酷に問い詰め、糾弾するためです。⇒連載バックナンバー
新宿駅のホームで待ち続けた「あの人」
「今日こそ、声をかけるんだ」
操られるように足を進め、「あの人」に近づく。
しかし、帰宅ラッシュの人でごったがえす午後7時の新宿駅のホームでは、距離を縮めることがなかなかできない。
昔と変わらない後ろ姿――毎日同じ時間、このホームでずっと待ち続けた。そして、やっと探し当てた。やっとたどりついた。
波のように強く、そして粒のように軽やかに、そしてどこに現われるか予測ができない「あの人」。
私は、「あの人」を追わなかった――なぜなら「観測」すれば「確定」してしまうから。
こちらから、何を尋ねるかは考えていない。「あの人」の正体が何であり、そしてどのように生きてきたか――そんなことは、「確定」した瞬間に、全て消滅してしまう。
しかし――「あの人」の過去を無駄にしてはならない。なかったことにしてはいけない。「あの人」が旅してきた世界があったからこそ、この計算に全てをささげた私がここにいるのだから。
目の前の人混みが、ほんのわずかに開いた。
今、「あの人」の肩に、手が届く。
『新連載の初回冒頭で何を書いとるんだ、江端は。ついに、おかしくなってしまったのか』と思われた方もいるかもしれませんが、大丈夫です。江端(の脳)はまだ元気です。
今回の連載を始めるにあたり、私は半年前くらいから、量子力学、量子コンピュータの勉強を少しずつ始めていました。しかし、その努力にもかかわらず、現時点でも「理解できている」とは言えません。
特に「量子的振る舞い」については、現象として理解するのはほとんど無理――というか、ほとんど「怪談」と同様な現象に狼狽(うろた)えています(後述)。
この現象を説明するために「シュレーディンガーの猫」の説明が頻用されていますが、私は、この説明の内容を完全に誤解していたことを知り、さらに、この「猫」では「量子コンピュータの"量子"」を説明するのには十分ではない、と悟りました。
で、自分なりに、この「量子的振る舞い」を理解するために、私なりに考え出したコンセプトが、冒頭の「新宿駅ホームの『あの人』」です。
実は、この『あの人』には、さらに詳しい設定があります。(1)性別(♀、♂)、(2)外見(陽キャ、陰キャ)、(3)内面(誠実、ひきょう)の3次元パラメータを有する「人」です。
『あの人』は、外見と内面を変化させ続け、女性でありながら同時に男性である存在です。そして、この『あの人』は、観測することによって、外見も内面も一瞬して消えさり、女性または男性として確定します。どちらの性として観測されるかは、一定の確率で決定することになります。
「新宿駅ホームの『あの人』」は、観測するタイミングで、女性にもなり男性にもなる、そういう「人」です。
こんにちは、江端智一です。
今回より新連載「踊るバズワード 〜Behind the Buzzword」を始めます。この連載が扱う対象は、テクノロジーの「バズワード」です。
人は理解不能なものに出くわした時、それに名前をつけて「分かったフリ」をします。
"M2M"、"ロングテール"、"ユビキタス"、"Web2.0","AR(拡張現実)"――そして"AI"。
このように作られた名前に、世間は踊らされ、金(予算)がバラまかれ、私たち技術者を翻ろうした揚げ句、最後には無責任に捨て去りました――ひと言の謝罪もなく。
しかし、今、ここに、かつて「"AI"という技術は存在しない*)」と2年間叫び続けてきた私が、再び、あなたの前に立ちふさがります。
*)連載:「Over the AI――AIの向こう側に」
「適当な名前を付けられた技術――バズワード」を、あなたは本当に理解しているのか?
この連載は、冷酷にあなたを問い詰め、あなたの「分かったフリ」を糾弾します。
本連載の記念すべき最初のバズワードは、「量子コンピュータ」です。
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