量子ビットを初期化する 〜さあ、0猫と1猫を動かそう:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(3)量子コンピュータ(3)(7/8 ページ)
今回のテーマはとにかく難しく、調査と勉強に明け暮れ、不眠に悩み、ついにはブロッホ球が夢に出てくるというありさまです。ですが、とにかく、量子コンピュータの計算を理解するための1歩を踏み出してみましょう。まずは、どんな計算をするにも避けて通れない、「量子ビットの初期化」を見ていきましょう。
現時点で「量子コンピュータは動いている」と言えるのか?
では、今回の内容をまとめます。
【1】シュレーディンガー方程式を理解できる人の国内人口は100万人を越えているかもしれないという推定をしましたが、「それでも98.5%の人は理解していない→故に、この連載には意義がある」と開き直ることにしました。
【2】「トンネル効果」をマクロな物理現象から理解する手段として、「ベルリンの壁、通り抜け問題」を設定し、実際に計算をしてみました。この結果、量子のような微小な世界において観測される物理現象を、マクロな世界で考えてみることには、あまり意味がない、ということが分かりました。
【3】Googleトレンドを使ったデータ分析から、(1)我が国の国民の量子コンピュータへの関心はあまり大きくない、(2)バズワード的と逆方向の振る舞いとして、ビッグネーム以外の研究発表にも関心を示さない、という仮説を立ててみました。
【4】量子コンピュータと古典コンピュータの年表を作成して、それぞれのイベントを書き込んで比較してみたところ、現時点において、量子コンピュータの進化の速度が2倍程度遅い、という結果と同時に、その理由として、古典コンピュータとは比較にならないほどの、困難な技術的課題が山ほどあることが分かりました。さらに、その一つである冷却問題についての具体的な事例を紹介しました。
【5】前回のコラムで紹介した「量子井戸」の具体的な作り方について、読者の方より寄せて頂いた資料を用いて説明を致しました。半導体ウエハーを使う方法を紹介していただき、電子を使った量子ドットビットについての実用化は、意外に近いかもしれないという、私の期待が高まっています。
【6】量子ビットを理解する上で避けて通れない、虚数の考え方について、”0猫”、”1猫”を例題に、できるだけ詳細に、ウザいくらいにしつこく解説を試みてみました。
【7】最後に”ラビ振動”とパルス信号の厳密制御による、量子ドットビットの初期化の方法について、具体的に説明しました。
以上です。
さて、今回で量子コンピュータの連載第3回なのですが、現時点で、まだ量子コンピュータが動き出してすらいない(量子ビットの初期化の一例をなんとか紹介しただけ)ということに、がく然としています。
私は、量子コンピュータの全てを語り尽くしたいとなど、1mm足りとも思っておらず、ただ、普通に「変だな」「分からないな」と思うことを、普通に調べているだけなのに、その調査の量の膨大さに圧倒されています。
まず初回の、量子コンピュータが量子を使っているのではない(量子の振る舞いを利用している)ということから、2回目の量子ドットビットの初期化方法、そして、今回、ようやく量子ビットのハードウェアの一例を、自分なりに理解したところです。
その途中で、トンネル効果の数値計算やら、量子コンピュータ開発の進捗やら、冷却問題やら、気になったことを調べているだけなのに、この進み具合には、正直頭を抱えています(Mさん、どうしましょう?)。
もちろん、これは私(の頭)が悪い、というのは認めるところではあるのですが、やはり最大の弊害は、「バズワード」として取り扱われる量子コンピュータの記事です。
まあ、ぶっちゃけ正直に言ってしまいますとね ―― 『現時点で、量子コンピュータって、本当に動いていると言える?」って思っています。
私は、世の中の記事を読んで、『量子コンピュータって、バリバリに稼働している、もしくはその直前状態である』と思っていたからこそ、この連載を引き受けたのですが、いざ箱を開いてみたら、びっくり仰天 ―― 解決しなければならない困難な技術的課題の、雨あられ状態です。
一体、量子コンピュータの記事を書いているライター達は、一体何を見て、何を調べて、何を分かったつもりで記事を書いているのか ―― 直接、自宅に押しかけて、首を締め上げて問い詰めたいくらいです(私は本気です)。
もちろん、量子コンピュータに係わっている人の全てが、このような無責任なライターではありません。今回Tさんに送って貰った論文の執筆者の方々は、極めて客観的に、正確に、現状の量子コンピュータの状況と限界を理解していることが、(そして、量子コンピュータに対する飽くなき情熱も)読み取れました。
ということは、バスワード生産装置として機能している、無責任ライターたちは、ろくすっぽ論文も読まずに、あるいは読んでいたとしても、自分の中に生じた疑問を解決しようとする努力を行うことなく、記事を書いていると推認されます。
―― 自分は専門家じゃないから、理解できなくてもいいんだ。
この無責任で安直な開き直りこそが、バズワードの萌芽となっているのは、ほぼ確定といってもよいでしょう。
もちろん、バズワードには、それなりの効果(新技術に対する投資効果等)があるというお話は、前回のコラムでもしました。
しかし、今回に関しては、1カ月もの間、私を論文と文献調査の地獄の突き落した、このバズワード生成装置である無責任なライターたちを「私は許すことができない」のです。
今の私は、憤怒の炎で燃えたぎっています。
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