あの医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる13の考察”:世界を「数字」で回してみよう(64)番外編(13/13 ページ)
あの“轢断のシバタ”先生が再び(いや、三たび?)登場。現役医師の、新型コロナウイルスに対する“本気の考察”に、私(江端)は打ち震えました。今回、シバタ先生が秘密裡に送ってくださった膨大なメール(Wordで30ページ相当)に書かれていた、13の考察をご紹介します。
「日本人、すごいぞ、偉いぞ、立派だぞ」
後輩:「相変わらず、シバタ先生は、現状の新型コロナウイルスに対して、360度全方向の検討をされ続けていますねえ」
江端:「うん。今更ながら『本気を出した現場のプロには勝てない』を痛感した。ニュース番組のコメンテーターも、自称専門家も、シバタ先生と同程度に考えて、必要なことをロジカルに発言しろ、と言いたい。『文献調査と校正作業の疲労と不眠で、フラフラになっている私(江端)程度には勉強しろ』とは言うぞ」
後輩:「シバタ先生、最後のところで、本当にうまい表現をされていますよね。『量子状態とCOVID-19の罹患状態は同じだ』とは、本当に言い得て妙です。疾患確率は、日々の状況によって変化し続けて、観測することで確定する(COVID-19の場合は発症で確定)するところまで、全く同じです」
江端:「『COVID-19に100%無感染な人間が存在する』という幻想があるから、全数PCR検査、などというナンセンスな考え方が出てくのだろう。そもそも「今日、検査で陰性反応だったとしても、明日も陰性反応になるとは限らない」ということを、どうして理解してくれないのかな?」
後輩:そもそも、「私たちが人と接する限り、新型コロナウイルスを確率的に吸い続けている」ということも「現時点では確率が低いので、たまたまアタリを引いていないだけ」ということも、よく分かっていないと思います。この辺はマスコミの知識不足、行政の説明不足、そして、私たちの勉強不足です」
後輩:「で、江端さんは、今回は、何やったんですか? シバタ先生のメールのコピペだけですか」
江端:「基本的には、その通り。ただ、シバタ先生の原文のメールには、私が理解できない専門用語やウイルスの仕組みの話がたくさんあるので、それを徹底的に調べて、『この私(江端)が100%理解できるレベル』になるように、文章を加筆、修正、削除と並び換えを行って、必要となる図表を作成した」
後輩:「『江端さん”だけ”が100%理解できること』が目的ですか? 『多くの読者が理解できること』ではなくて?」
江端:「うん。私以外の人のことは知らん。このコラムを読んでいる人にも『”コロナ”を楽しくラクチンに理解してもらえればうれしい』けど、正直、人のことなんぞ、どうでもいい」
後輩:「あーー、なんというか、江端さんのコラムに、『読者に阿(おもね)て、PV数(ページビュー数=購読者数を上げよう』とする姿勢の無さが、よく分かる話ですねえ。江端さんは、商業的には、ダメダメな人ですね。EE Times Japanとしても、江端さんは取り扱いが面倒くさいライターでしょう」
江端:「多分、そうなんだろうと思う ―― が、いつまでも、そのままで良いとも思ってもいない。アドバイスをもらるかな」
後輩:「そうですね。最近流行の『日本すごいぞ』『日本人偉いぞ』『世界に誇れる日本だぞ』が、てっとり早いでしょう」
江端:「……私が、その手の考え方を嫌悪していること(著者ブログ)は、よく知っているよな」
後輩:「まあ、お聞きなさい、江端さん。まず、私の提案は、今回のコラムを『なぜ、日本だけ、こんなにコロナ禍の死亡者が少ないのか?』を、世界と比較したデータで示すことから始めます」
江端:「それで?」
後輩:「『調べていくと、わが国日本の国民は、Rtが、驚異的に低いということが分かった』と話を続けていきます。そして、『なぜ、わが国はRtがこれほどまでに低いのかを調べてみたら、驚くべきことに、世界に比類なき衛生習慣があったから』と、読者を引っ張りこみます」
江端:「それで?」
後輩:「ここが最も大事なとこです。『わが国の国民は、手洗い、うがい、清潔に保つこと、そして、整理整頓を、”ロジック”ではなく、”文化”として持っている、民度の高い国民である』と、高らかに褒めたたえるのです」
江端:「……」
後輩:「だって、江端さん。考えてもみてくださいよ。私たちは、手洗い、うがい、清潔に保つこと、そして、整理整頓を、ロジック抜きで、洗脳レベルでたたき込まれてきたのですよ。政府や権力や教師に抵抗する者たち、そして反社会勢力の構成員ですら、この『清潔』と『整理整頓』に逆らえる人間はいませんよ」
江端:「……で、その後は?」
後輩:「あとはシバタ先生から御提供頂いたコンテンツを、『日本人、すごいぞ、偉いぞ、立派だぞ』のフレームに落し込むだけです。これでPV数の爆上げ、間違いなしです。この程度のレトリック、江端さんなら造作もないことでしょう?」
江端:「ダメ。これはシバタ先生のコンテンツだから、そういうことはできないし、したくない。それに、もし、そんなことやったら、今後、シバタ先生からメールをもらえなくなる」
後輩:「ええ、分かっています。シバタ先生のお考えを、そのまま、正しく伝えることが一番大切なことです。しかしですね、コロナ禍における正しい知識を、多くの人に伝導するためには、江端さんには、その程度の『情報操作』はできるようになっておいて頂きたいのですよ」
江端:「『情報操作』? 違うだろう。この私に『大衆扇動』をさせる気だろう」
後輩:「あ、それは全然心配していません。屋外実証実験のプロジェクト程度で死にそうになっている江端さんの器量で、『大衆扇動』できるだけのカリスマが勤まるなどとは、これっぽっちも思っていません」
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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