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あの医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる13の考察”世界を「数字」で回してみよう(64)番外編(3/13 ページ)

あの“轢断のシバタ”先生が再び(いや、三たび?)登場。現役医師の、新型コロナウイルスに対する“本気の考察”に、私(江端)は打ち震えました。今回、シバタ先生が秘密裡に送ってくださった膨大なメール(Wordで30ページ相当)に書かれていた、13の考察をご紹介します。

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【考察2】感染者の実数を本気で考えてみる

 世の中の多くの人は、「新型コロナウイルスの感染者数を知りたい」と思っているようです。

 この「知りたい」を満たす解法には、2つあって、

(1)日本国民全員の検査によって現実の人数を知りたい、という考え方の人と、
(2)納得できる根拠のある方法によって、現実に近いであろう人数を統計学的に推計したい、という考え方の人

に大別できるようです。

 ですが、正直なところ、3つ目の考え方をする人もいるようです。

(3)上記(1)と(2)の違いが分からない(→(2)が何のことか分からない)と考える人です。記者会見の質疑応答やコメンテーターのやりとりを見ると、会話のキャッチボールが成立していない場面を散見します。

 まあ、国会中継で会話不成立のお作法は見慣れていますが、せめて科学的性質を持つ会話では、最低限度、意味が通じる言葉を発してほしいなぁ、と、切に願います*)

*)江端ツッコミ:正直、上記(3)に該当する人は結構な数がいるようです ―― しかも、世の中において知的レベルが高い(ということが、大いに期待されているはずの)記者や政治家に多いようです。私は、中学や高校で「集合」「確率」「統計」の勉強をサボってきた人を責めません(あれは退屈な授業でした)が、「今の仕事に就いている以上、読んでいる原稿の意味を把握できる程度には、もう一度キチンと勉強しなおせよ!」とは言わせていただきます。



 感染者の数を知る方法は、いろいろあります。ぱっと思い付くもので5種類ほどありますが、公衆衛生学の専門の先生に聞いたらもっと出てきそうです。当然、それぞれメリットとデメリットがあります。

(方法1)PCR検査によって、病原体を検出することで、患者数をカウントする*)

*)政治家や多くの人が叫んでいる「PCRの全数検査」については、こちらで詳細を(ネガティブに)説明しています。

(方法2)抗原検査によって、病原体を検出することで、患者数をカウントする

(方法3)血清抗体検査によって、COVID-19への感染の既往を知ることで、過去の感染をカウントする

 さて、ここで、この3つの検査方法の概要比較を以下に記載しておきます。

 続けます。

(方法4)死亡者数と死亡率から、統計学的に感染者数を類推する

(方法5)例年(過去数年の死亡数の平均)と、ことしの死亡数の差から、統計学的にCOVID-19による死亡数を類推する。この死亡数と死亡率から、感染者数を類推する

 では、それぞれのアプローチについて、検討してみましょう。

 (方法1)、(方法2)は、発症時にその患者がCOVID-19かどうかを判定します。当然ながら検査を受けていない人の感染数を見逃します。なので、感染者の実数を調べるには力不足です。

 (方法3)は、抗体(体の中で作り出されたCOVID-19と闘うタンパク質)の特異性が正しければ、集団の既感染数を最も反映します。ただ、前述した通り、抗体がいい加減だと、結果はボロボロ、全く信頼できなくなります(新型コロナウイルスに全く対抗できないのに、抗体が完成していると誤認されたら、データはメチャクチャです)。

 (方法4)は、感染者数よりも死亡数の方が正確であろうという前提での計算です。死亡に至る重症呼吸器感染は原因精査が正確である確率が高いからです。

 これに加えて正確な死亡率が分かれば、死亡者数から全体の実数が推定できます。ただし、正確な死亡率を求めるには、事前に(方法1)、(方法2)を閉じられた集団全体に行い、正確な感染者数と死亡数を把握する必要があるという問題もあります。

 (方法5)はインフルエンザによる死亡数の類推に使われているという点で有名です。簡単に言えば、「例年と比べて死亡数が増えていれば、その原因は流行した感染症によるものではないだろうか?」という考え方です。全死亡数の差という非常に強い力を持った検出方法です。

 ただし、(方法5)については、死亡数は現実には(当たり前ですが)複数の要因により変動しますし、さらには自然に揺らぎます。

 特に、ことし(2020年)の日本人の行動様式は2019年までと極端に違いますので、例年(までの平均)と比較した超過死亡がそのまま全てCOVID-19に起因するかどうかの保障はありません。背景の分析によって正確にも不正確にもなり得る、通好みの手法です。

 さて、江端さんは、どの推計をお好みでしょうか。

 私は、(方法4)が好きです*)

*)江端ツッコミ:私も「(方法4)が好き」、というより「(方法4)しかない」と思っています。新型コロナウイルスの感染に関して唯一絶対的に信用できる数字は、「新型コロナウイルスによる死亡者数」だけですから。

 ところが、この(方法4)の死亡者数を使った方法では、前述の通りに正確な死亡率が分からなければ正確な感染者数を割り出すことができないという問題が残ります。

 真の死亡率を知りたければ、現実社会と完全に隔離した実験設備の中に健常者と感染者を閉じ込め続ける実験環境(無人島や宇宙コロニー)を作って、外部から感染者数と死亡者数を観測し続けるしかありませんが、そんなことが人道上、許されるわけがありません

 ところが、過去を振り返ってみたとき、そのような意図(非人道的な意図)なしで、閉鎖系環境での観測を実施していた対象があったのです。

 「ダイヤモンド・プリンセス号集団感染」「ルビー・プリンセス号集団感染」、そして「米空母セオドア・ルーズベルト集団感染」です。

 特に「ダイヤモンド・プリンセス号集団感染」では、集団の全体数、感染者数、死亡数、無症候症例の率などなど、非常に有用な数字がきちんと利用可能な形でレポートになってそろっています。クルーズ船集団感染例は複数報告されており(参考)、ダイヤモンド・プリンセス号以外ではルビー・プリンセス号が比較的データがそろっています。

 さらに、これに加えて、特異な集団 ―― 「既往歴が無い健常で屈強な青壮年だけの集団」から成る「セオドア・ルーズベルトの集団感染」は、ダイヤモンド・プリンセス号を比較対象として、これ以上もない好適な観測対象となります。

 疫学的な特徴を調べるとき、母集団をはっきりさせることは、感染率、死亡率などの「率」を調べるときに非常に重要です。死亡率が各国で差があるのは、医療水準も一因ですが、なにより無症状や超軽症例が多いCOVID-19では感染者の全数把握がとても困難だからです。

 その点、クルーズ船では集団の人数がはっきりとしている上に、乗員乗客のほぼ全数がかなり厳密に検査されているので、死亡率、感染率が非常に正確に出せるのです。

 ダイヤモンド・プリンセス号集団感染の被害に遭遇された方に対してこのように一般記事で数として個人を取り扱わせて頂くことは、不愉快で、無礼で、非道であること思います。その上で、1人の医療従事者として、そして研究員として、あえて申し上げます。

 COVID-19感染症が、人類にとってどのような病気かを解明するための「コホート研究」*)として、「ダイヤモンド・プリンセス号集団感染」などのデータは、これ以上にないくらい有用な情報です。

*)特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる観察的研究のこと。

 ダイヤモンド・プリンセス号では3711人中、712人が感染し、14人が死亡。ルビー・プリンセス号では約3800人中852人(以上)が感染し、22が死亡。セオドア・ルーズベルトでは、約5000人中1156人が感染し、41歳の1人が死亡――。

 これらを見ると、全年齢層が乗船しているクルーズ船では死亡率が1.9%〜2.6%程度であり、健康な若者が選別された米海軍という集団では、死亡率0.1%以下ということになっています(参考)。

 全感染者数がほぼ把握でき、かつ、やや高齢者の割合が高かった2つのクルーズ船集団で死亡率が似通っているのは特に重要です。

 加えて、セオドア・ルーズベルトの例ではその後の抗体検査で乗員の6割が抗体陽性となっています。詳細なレポートが後日提出されましたが、乗組員全数ではなく、利用可能な症例を抽出して検討されています。全数を母集団として報告した日本の几帳面さが際立ちます。

 では、考察してみたいと思います。

 クルーズ船の乗客の年齢分布は高齢者に偏っており、医療環境が整った状態での新型コロナウイルスの死亡率は、最大で1.9〜2.6%程度。また、クルーズ船の情報は、COVID-19患者の半数近くが(特に感染初期において)自覚症状がないことを明らかにしてくれました(参考)。

 一般の集団のCOVID-19による死亡率は、高齢者の比率が一般よりかなり高かったクルーズ船の例よりも確実に低いはずですので、COVID-19の真の死亡率は、1.5%〜2%程度なのではなかろうか、と推測されます。つまり、COVID-19の死亡者数1人の背景には、平均50人〜70人程度の患者がいることになります。

 上記のデータを当てはめると、現状のわが国における7月初めの死亡数約1000人の背景には、5万〜7万人の患者がいることになるはずです。

 一方、わが国のPCR検査による陽性者数は、現時点(2020年7月21日ごろ)で約2万5000人です(出典:厚生労働省)。

 超軽症者、無症候の症例、PCR検査を受けたくても受けられなかった人、PCR検査をあえて受けなかった人などの合計が、その差に含まれているのだろう、と思います。そして、感染経路不明が相当数存在するのは、このような把握されていない症例が背景としてあるのでしょう。

 一方、感染者の半数が無症状〜軽症であることを考えると、有症状者の大部分を現状の検査方式だけで(全数PRC検査なしに)拾い上げることができた、とも解釈できます*)

*)江端ツッコミ:つまり、無自覚感染者を含む5万人の半分を2.5万人と考えると、信じられないくらいのすごい成果であるということです(これは、統計計算をやったことがある人なら、すんなり肚に落ちる話でしょう)。しかし私は、この点について、キチンと説明できるマスコミ関係者や専門家を、寡聞にして知りません。

 もしも感染者を可能な限り全数把握することを目標にする場合には、超大量にいる無症状者〜軽症者までを検査に無理やり組み込んでいく必要がありそうです ―― これについては、後半にお話します。

 いずれにしても、いろいろな推計の仕方があり、どんな検査方法をもってしても恐ろしい程の誤差があるので、これが絶対という数字はありません

 個人的にはこの方法が一番しっくりくるのでご紹介いたしましたが、今回の計算では人種差による影響を無視しています。クルーズ船乗客乗員の人種の内訳が分からないからです。

 アジアの死亡率が西欧より低いというニュースが正しいのであれば、日本における真の感染者数、死亡率は、実はもう少し低いのかもしれません。数年後にはその辺りを勘案した数字が確定してくると良いなぁと思います。

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