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1量子ビットを制御してみよう踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(4)量子コンピュータ(4)(4/8 ページ)

本当に難しい話になってきました……。が、めげずに続けます。今回のテーマは「1量子ビットを制御する」です。それに関連して、量子シミュレーションやレーザー冷却方式にも触れたいと思います。

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量子ビットを実現するハードウェアは?

 さて、ここから後半になります。ここからは、前回の宿題となっていた「冷やさない量子コンピュータ」と「冷蔵庫を使わずに冷やす量子コンピュータ」のお話をします。

 まず、現状、量子コンピュータを実現しようとするハードウェアの候補は、ざっくり以下の6つのアプローチがあるようです(参考文献:「絵で見てわかる量子コンピュータの仕組み」(宇津木健/2019年)

 既にお話した通り、量子コンピュータは「量子そのもの」を使っているのではなく、「デザインされた量子(“0猫”や”1猫”)の振る舞いが現われるように作られたハードウェア」で実現されるものです。

 それぞれの研究機関や企業が、てんで勝手に、バラバラの方式で、量子ビットのハードウェアを作ることを目指していて、現時点では、デファクトスタンダードと呼べるようなハードウェアはないようです ―― というか、そもそも、(未発表や研究中のゲート型コンピュータを除けば)量子コンピュータ自体は、世界中に100台もないだろうと推定しています

 調べてみると、それぞれに興味深く、一長一短があるのです。

 まず「(1)超伝導回路」ですが、これは、私の乱暴な理解では、ジョセフソン素子からなるショートさせたLC共振回路を低温環境に突っ込んで、抵抗値ゼロの世界で、右回りの電流と左回りの電流を、それぞれ”0猫”、”1猫”として扱います。

[Tさんツッコミ!]実際には、この方法意外にも超伝導回路でのいろいろな量子ビットの実現方法があります。この電流の重ね合わせはD-Wave Systemsなどで使用している一例ですね。

 電子工学科出身の私には、回路のイメージが理解できるので、説明は省略します(私が「分かった気」になれれば、それでいいのです)。

 「(2)半導体量子ドット」はこれまで説明してきましたし、「(3)トラップイオン/冷却原子」については、今から、ガッツリと説明致しますので、ここでは省略します。

 「(4)光学的量子計算」は、何も冷やさずに、常温で量子計算を実現するものです。

 これは、レーザー光のような光に量子ビットの役割をさせるものです。光ファイバーをデバイスで使うあたり、通信技術との親和性も高いようです。

 「おうちにやってくる量子コンピュータ」「タブレットサイズ量子コンピュータ」を夢見ている私としては、牛乳や生肉用に使えない冷蔵庫(絶対零度近くまで冷却するようなスゴいやつ)が必要ない量子コンピュータは、非常に魅力的です。

 ところが、この方法のデバイスでは、冷蔵庫が不要な代わりに、量子状態を作るために、(線形光学素子方式の場合)量子状態分の回路(光路)が必要になります。具体例を上げてみれば、51量子ビット(IBM 2017年11月)の計算機を作るには、251の光路(=2,251,799,813,685,248)が必要になり、仮に1光路の重量を”1グラム”としても、2兆キログラム(322億人分の体重)となり、「おうち」とか「タブレット」の概念とはかなりかけ離れるようです ―― もちろん、「現時点では」です。

 「(5)ダイヤモンドNVセンタ」 ―― 一瞬、ダイヤモンドの取引市場か?と誤解してしまうような、この名称の方式も、何も冷やさずに、常温で量子計算を実現するものですが、これは、なかなか私にはヒットしました

 このデバイスは、炭素の結晶であるダイヤモンドの中の炭素を窒素に置き換えると、ダイヤモンドの中に穴(空孔)ができ、ここに常温でも安定した量子ビットを組み込むものです。

 これは、量子ドットビットと同じく、電子の”0猫”と”1猫”を扱うものですが、他のデバイスと決定的に違うところは、常温で取り扱えることに加えて、量子状態が続く時間(コヒーレンス時間)が長いということです。半導体量子ドットなら、最長0.0001秒くらいですが、この10倍(0.001秒)になるようです ―― って、それって長いんですか?*)

*)すみません。私、ダイヤモンドの中に閉じ込めた量子状態の猫を、USBメモリのように持ち歩けるのかと思っていたものですから(かなり本気で)。いや、だって、「量子メモリ」とか「量子リピータ」とかいう言葉がでてくれば、そう思ってしまうのは仕方ないですよね。

 この他、現時点では3量子ビット化に成功しているようです。もちろん51ビットには程遠ですが、これも「現時点では」です。

 「(6)トポロジカル」は、量子ビットの実現方法としては比較的新しい考え方のようで、知らない人も多いと思います(私は全く知りませんでした)。

 しかし、「トポロジー」と言われればピンとくるかもしれません(私の脳に浮かんだのは右の図だけですが)。

 ここでトポロジカルというのは、「ドーナツがコーヒーカップに変形することはあっても、ボールに変形することはない。だからボールとコーヒーカップがどんなにグニャグニャになっても区別できる」という意味で理解します。

 電子(中性子や陽子)には基本的に、電子と陽電子があり、これらを一緒にすると消滅してしまいますが、マヨラナ粒子は、その反粒子が自分自身であるという特殊な性質(消滅しない)を持っています。つまり、マヨラナ粒子には、”0猫”と”1猫”が最初から共存していることになります*)

*)これまでの連載で、”0猫”と”1猫”を「作り出す」苦労については散々述べてきました。

 で、ここがキモなのですが、量子ビットにマヨラナ粒子を使うことで、”0猫”=”コーヒーカップ”、”1猫”=”ボール”のように把握できるようになり、他の量子ビットのデバイスより、圧倒的にノイズに強い量子ビットを作れるようになります。これによって、”0猫”や”1猫”の制御や量子状態の時間(コヒーレンス時間)を延長させることが期待できる訳です。

 しかし、マヨラナ粒子は、その発見が2018年(参考:京都大学 研究成果)というピカピカの新人です(その存在は80年前に予測されていましたが)。ですので、量子ビットへの展開は、これから、といったところです(マイクロソフト社が着手しています)

 以上、量子ビットを実現するハードウェアの種類と特徴について、ざっくりと詳解致しました。

 つまる所、”0猫”と”1猫”を作って、それらを量子ゲートで制御できて、最終的には観測できれば、別段「冷やす/冷やさない」は、どーでも良いということです。

 これは、先発の量子ビットのデバイスが、一瞬で、後発の量子ビットに抜き去られる可能性があるということです。

 そして、そこに残るのは、大型冷却器の中に鎮座されたデバイスと、そのデバイスに施された膨大な配線からなるグロテスクな巨大装置 ―― 。

 今開発されている量子コンピュータのほとんどは、こういう粗大ゴミになることが運命づけられています*)

*)私、以前、サンノゼのジャンク屋の倉庫で、他の機械の間で、斜めになって廃棄されていたCrayのスーパーコンピュータの筐体を見たことがあります。寂しさで涙が出そうになりました。

 ただ、このような寂しい風景こそが、研究開発の本質です。あらゆる先端技術はこのような残骸の上に成り立っていて、量子コンピュータも例外ではありません。

 他の先端研究と同様に、量子コンピュータ開発の研究開発の投資も、結構なギャンブルであることがよく分かります。

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