ビットコインの運命 〜異常な価値上昇を求められる“半減期”:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(8)ブロックチェーン(2)(5/10 ページ)
「ブロックチェーン」を理解するために「ビットコイン」の解説を続けます。今回の前半はビットコインの“信用”について取り上げます。後半は、ビットコインに組み込まれている「半減期」という仕組みを解説します。これは、“旗取りゲーム”による賞金が、約4年単位で半分になること。ここに人間の力が介在する余地はなく、言ってみればビットコインの“逃れられない運命”なのです。
ビットコインの信用=ブランド力?
このように、「貨幣論」からの「ビットコインの信用」へのアプローチに失敗しましたので、ここで一つの仮説を置いてみようと思います。
「そもそも、ビットコインには(エバコインと同様に)貨幣としての信用はない。それはそれで良い。なぜなら、ビットコインの信用とは、ブランド価値として、後発的に発生しているものであるからである」
という、「ブランド論」からのアプローチです。
実は、無体物の財産権には、特許権、意匠権、著作権などがありますが、その中でもブランドの保護を行っているものに「商標権」があります。
商標権というと、標章(マーク)が保護対象のように思われているかもしれませんが、実は、商標を利用する法人や個人の、業務上の信用を保護するものです。で、その業務上の保護をする手段として、商標の機能を4つに特定して、それぞれの機能を最大限発揮できるように法定しています。
ここで重要なのは、初期状態の標章(マーク)には、ひとかけらの価値もない、という前提に立つということです。これが、特許法や意匠法と決定的に異なる点です。
特許発明(技術アイデア)や意匠(物品デザイン)は、厳しい基準をパスした、突出した価値のあるアイデアやデザインだけを保護対象として認めた上で、国家によって徹底的に保護する、という形式を取っています。
比して、商標法は「最初は無価値でも構わんが、そのうち、その商標を見ただけで、みんなに『あ! あの会社だ!』と気がついてもらえるようにガンバレ!!」という形で応援(保護)し、商標の使用によってその商標に化体した信用(顧客吸引力)を保護します。
さらには、がんばっていない会社の商標は保護期間であっても、保護を止めてしまう規定まであります(不使用取消)*)。
*)ちなみに、特許庁の検索エンジンで調べてみたところ、「ビットコイン」も登録商標になっているようです。
つまり、ビットコインは、ビットコインをブランド化すべく、これまで営業努力を続けてきたということであり、「通貨としての信用」の有無はさておき、「業務上の信用」の確立には成功していると言えます。
なにしろ、「ビットコイン」というものがどういうものであるかを知らない人が圧倒的多数であるとは思います。しかし「ビットコイン」という言葉を知らない人は、絶無であると思えるからです(いわゆる、”AI”と同じです)。
ご存じの通り、ブランドというものは、それを構築するのに多大な努力と10年オーダの時間を必要とする一方で、それが失墜するのは1日あれば足る、といわれるほど、脆いものです。
実際に、ビットコインのブランド価値を毀損する事件は、結構あります。「(1)シルクロード事件」「(2)マウントゴックス事件」がありますし、身代金をビットコインで要求された「(3)ランサムウェア事件」については、ひとごとではありませんでした。実際に私の知人のIT関係者の多くが、「ランサムウェア」の被害にあい、仕事が全くできなくなっている状況をリアルタイムで見てきたからです。
さらに、ビットコインそのものではありませんが、同じ仮想通貨(のプラットフォーム)であるイーサリアム(Ethereum)での「DAO Attack事件」、そしてそれに伴う「(4)ハードフォーク」という処理は、「その気になれば、運用主体がブロックチェーンの『非介在性』に介在できてしまう」という事実を示してしまいました。
上記の「(1)シルクロード事件」「(3)ランサムウェア事件」は、ビットコインの最大のウリである「匿名性」を、最悪の形で使われたされたものであり、ビットコイン(という技術)には1mmの非もありませんが、現時点で、この手の犯罪への利用を防止する手段がないのも事実です*)。
*)実は、防止する手段がないわけでもありません ―― 例えば、「インターネット利用者全員に対する、完全な実名登録性の導入」をして、利用者の利用状況の100%モニタリングを可能にする、とか ―― まあ、非現実的ですが。
また、上記「(2)マウントゴックス事件」は、ビットコイン自体がどんなに堅固なであったとしても、その運用主体の内部からであれば、いともたやすくビットコインを盗めることを証明してしまいました。
そして上記「(4)ハードフォーク」に至っては『それを言っちゃあ、おしまいよ』と、みんながブロックチェーンに関して思っていたことが『やっぱりできちゃうんだ』と実証して見せた点において、ちまたの「ブロックチェーン万能神話」を、程よくぶっ壊した、と思っています。
話が逸れてしまいましたが、結論を言えば、「ビットコインは、これまでの営業努力に加えて、上記のような醜聞(スキャンダル)も加わって、ブランド(?)を確立した」と言える訳で、これが冒頭の「ビットコインとエバコインの決定的な違いである」と言えそうです。
ただ、このビットコインのブランドは、商標法の保護対象である「顧客吸引力」だけでなく、その真逆の「顧客嫌悪力(江端が命名)――『なんか、うさんくさい』」というものも発生させている点において、ちょっと違う感じもします。
「ビットコイン」とは、そもそも仮想通貨を成立させる「技術の名称」なのですが、世間一般的には、仮想通貨(暗号資産)という”モノ”を示す言葉としても使われています(これに対して、「ブロックチェーン」は「技術の名称」です)。
さて、「ビットコイン」も「ブロックチェーン」も、その技術内容が理解されないまま、用語だけが乱用されているという意味においては、「バズワード」であることは間違いありません。ですが、「ビットコイン」が、前回のテーマである「量子コンピュータ」と違うのは、(1)既に実運用されている、(2)吸引力と嫌悪力が併存している、(3)普通、2〜3年で消えていくバズワードと異なり、かなりしぶとく生き残っている、という点です。
そして、今回、深くは言及しませんが(4)本来の目的(通貨)から離れて、別の目的(投機)に変質させられているという点において、極めて危険なバズワードとも言えます。
これまでのバズワードは、私たちのような研究者やエンジニアを翻ろうした揚げ句、最後は無責任に捨て去りましたが、逆に言えば、バズワードの被害者は、研究者やエンジニアだけでした。
しかし、「ビットコイン」はちょっと違います。このバズワードは、取り扱いを間違えると、人生を台無しにしかねないリスクがあります。
もしあなたがこのバズワードに関わることを決めたのであれば、どんなに面倒くさくても、ビットコインと利害関係のない立ち位置にいるIT技術者をとっつかまえて、説明させることを強くお勧めします ―― 私(江端)なら、昼飯をおごってもらえれば応じます。
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