「バンクシーの絵を焼き、NFT化する」という狂気:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(12)ブロックチェーン(6)(1/9 ページ)
「ブロックチェーン」シリーズの最終回となる今回は、ここ数カ月話題になっている「NFT(Non-Fungible Token)」を取り上げます。バンクシーの絵画焼却という衝撃的(?)な出来事をきっかけに広がったバズワード「NFT」。これは一体、何なのでしょうか。いろいろと調べて考察した結果、「バンクシーの絵画を焼いた奴はバカ」という結論に達した経緯とともに解説します。
「業界のトレンド」といわれる技術の名称は、“バズワード”になることが少なくありません。“M2M”“ユビキタス”“Web2.0”、そして“AI”。理解不能な技術が登場すると、それに“もっともらしい名前”を付けて分かったフリをするのです。このように作られた名前に世界は踊り、私たち技術者を翻弄した揚げ句、最後は無責任に捨て去りました――ひと言の謝罪もなく。今ここに、かつて「“AI”という技術は存在しない」と2年間叫び続けた著者が再び立ち上がります。あなたの「分かったフリ」を冷酷に問い詰め、糾弾するためです。⇒連載バックナンバー
名画に心震わせたあの日
15年以上の前の話ですが、フランスの電話会社との共同研究の打ち合わせでパリに出張していたことがありました ―― なんか、自慢話をしているように聞こえるかもしれませんが、残念ながら、そういう話ではありません。少なくとも、その出張中は、『世界で一番嫌いな国はどこか』と問われれば、即答できるレベルで、滞在中、私はずっと腹を立て続けていたのです*)。
*)その理由は、「海外での打ち合わせを乗り切る、「英語に愛されないエンジニア」のための最終奥義」をご参照ください。
いや、もちろん、私、レイシストじゃないですし、たかだか数人の人間の振る舞いで、その怒りを、その国の全国民に拡張するほど、低能でも非常識でもありませんが ―― まあ、その時の私は、心底、疲れていたのです。
滞在の最終日、帰国のフライトまでの時間がありました。普通でしたら、ホテルでチェックアウトまで、報告書でも書いているのですが、とても、そんな気分にはなれずに、(私としては珍しいことなのですが)パリ観光に出かけました。
そして、一人でパリ観光をしていた時の私の感想は ―― "腹が立つほどに、壮絶に美しい街"。この一言に尽きました。『なぜ、あいつらが、こんな美しい街を守っていけるのだ』などと、口にしたら国際問題になりそうなこと、ずっと考えていました。
町並み、食事(下町の安い定食屋)から、建築物、博物館に至るまで、何をしても溜息が出るほど、美しく(おいしく)素晴らしい街で、そして、私がこの観光ツアーの最後に衝撃を受けたのが ―― オルセー美術館でした。
私、芸術とは縁のない無粋なエンジニアです。美術の知識は、細野不二彦さんの漫画「ギャラリーフェイク」から得ている程度の人間です。しかし、そんな私でも、オルセー美術館の絵画の前で「魂が抜きとられて、呆然と立ち竦む」という、人生初の体験をすることになります。
物理的にありえない話なのですが、「絵画から特殊な光線が出ている」としか思えないような衝撃でした。クロード・モネの超有名な絵画『ひなげし』を見た感想は、「いいね」ではなく、「ものすごい」でしたし、ライオネル・ウォールデンの『カーディフ埠頭』の前では、脚がガクガクして、歩けなくなりました。
『絵画(名画)には、写真や映像では表現できない、特殊な何かがある。それは、単なる2次元平面上に展開された色彩の組合せではなく、人間の心にダイレクトに攻撃してくる、3次元以上の高次元エネルギー体である』 ―― それを、確信するに至りました。
*(正直なところ、上記のコピペからは、あの「高次元からのエネルギー輻射」を1ナノメートルも感じることができません)。
絵画は、2次元の平面体ではなく、盛り上がった絵の具の立体感と光線の角度まで計算されつくした3次元構造物であること、そして、視覚だけで認識するものではなく、聴覚、嗅覚、そして、そこに居合わせる人間(鑑賞者)と一体渾然となって、人間の心を震わせる「高次元エネルギー体」であること ――私は、オルセー美術館で、生まれて始めて、それを思い知らされるに至ったのです。
「あいつら(共同研究チームのメンバ)、その気になれば、毎週末、ここ(オルセー美術館)にやってきて、この『高次元エネルギー体』に感動することができるのか」と思うと、私の不快と嫉妬は、極限に達したのです。
―― と、ここまでが前置きです。
焼却されたバンクシーの絵画
近年、著名な現代アーティストの絵画を「焼却する」というという事件(イベント?)が行われました。この絵画の創作者は「バンクシー」と呼ばれる人物で、イギリス出身ということ以外は知らされていないストリート・アーティストです。
ストリート・アーティストとは、他人や公共の建造物をカンバスとして、無許可で、ペンキやスプレーで描かれる落書きをする人物のことです。多くは、醜悪で、下品で、嫌悪のみを感じさせる、無知性なペイント絵画を書く、”自称”アーティストです。
しかし、バンクシー作品は、世界各地のストリート、壁および都市の橋梁に残されています。反戦、反暴力、反体制、反資本主義などをテーマとして、見る人の心に訴える作品であり、その高い芸術性から、建造物の所有者が、その作品をアクリル版等で厳重に保護する程です。
私は、彼(男性のようです)の作品が、どのように市場流通しているのかは知りませんが、彼の作品は、高額で取引されているようです(詳しいことは、ググってみてください)。
ところが、先月(2021年3月)、この作品が焼却されるという事件(イベント?)が行われました。
何が行われたかを簡単に説明しますと、「その絵画の購入者が、その絵画をデジタル(スキャナーとか写真とかで)保存した後、原本を焼却処分した」のです。そして、重要なのは、「そのデジタル化したバンクシーの作品に関して、非代替性トークン(Non-Fungible Token、以下、NFTという)という、デジタルデータを新たに作った」という点にあります。
―― ん? NFT? それって、そのバンクシーの作品をデジタル化したものに、特殊な暗号化処理(コピペができないようにする等)でもしたの?
と思われるかもしれませんが、そういうことではありません。
今回は、このNFTについて説明したいと思います。
それはそれとして、私が、この話を聞いた時に思った感想は
―― 絵画の持つ最大の価値(高次元のエネルギー体)を、わざわざ、無機質な0/1のデジタル列に低次元変換してしまうとは、世の中にはバカなことをする奴がいるものだなぁ
でした。
しかし、このバンクシーの作品は、2019年に487万円で販売されたと言われていますが、今回作成されたNFTはその10倍近い価格となる228.69ETH*)(約4144万円)で落札されています。
*)イーサリアム。仮想通貨を取り扱うプラットフォームの名称でもあり、そのプラットフォームで使われる仮想通貨の単位でもある
とすれば、このような著名な絵画の焼却処分には意味があるのか? と思って、今回、私は、このNFTについて、かなり調べました。
その結果、私は、「絵画を焼いた奴は、やっぱりバカ」と結論付けるに至りました。
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