プログラミング教育は「AIへの恐怖」と「PCへの幻想」を打ち砕く?:踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(13)STEM教育(1)(10/10 ページ)
今回から「STEM教育」を取り上げます。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響もあり、デジタルやITの存在はますます大きくなっています。これからの時代、「デジタル=インフラ」として捉えることができなければ、生き抜くことができないと言っても過言ではありません。それを考えると、確かにSTEM教育は必須なのですが……。プログラミングの“酸いも甘いもかみ分けた”エンジニアとしての視点で、STEM教育を斬っていきます。
「江端さんは、『数字の声を聞く』ことの重要性を知ったんじゃないですか」
今回の後輩コメントに関する打ち合わせは、最初から怒号の応酬でした。
後輩:「だから! Scratchというのは、教育用言語であるけど、同時に完成したプログラム言語であって、『お遊びソフト』という範疇ではない、って言ってんだろうが!」
江端:「コードを組みたてる教育用ソフトなんてものを、私はこれまで腐るほど見てきたんだ! Scratchだって、しょせんは同じだ!」
そして、1時間後 ―― 白熱した議論の中、ふと、「英語教育」と「数学教育」、そして「プログラミング教育」の3つを並べて議論していた時、私たちは、互いに議論の論点がズレていることに気が付きました。
私たちは、Scratchの話をしているのではなく、Scratchを使ったプログラミング教育の「アウトプット(成果)」についての話をしていたのです。
例えば、「英語教育」 ―― 小学校から始まって、高校、大学受験に至る、通算10年にも及ぶ英語教育によって、私たち日本人は、どんなアウトプットを得たか ―― です。
10年間の英語教育 + 世界一の“TOEIC教”信仰国 = 英語能力指数ランキング 第55位 ―― こんなに費用対効果のない無駄な教育って、あるかなぁ? って思いませんか。私は思います。
まあ、これ以上は止めておきましょう。もう、これについては2年間、連載「「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論」の全25回の中で、言いたいことは全て言ってきましたから。
そもそも、教育とは費用対効果なのか? それとも、道具とその使い方(技術)の取得なのか? あるいは教養なのか? 教養であるとすれば、その教養にはどのような価値があるのか? ―― 私たちは「プログラミング教育で使用されている“Scratch”という新手のツールを通じて、気がつかないうちに『学校教育の目的は何か?』という、かなり根源的な問題にアプローチしまっていたのです。
―― というわけで、このネタ(Scratch有/無用論)、なかなか核心を得ている議論になっていますので、次回の連載に持ち越ししたいと思います。
江端:「冒頭で登場した、“Twitterカウントゼロリセット事件”だけど、ぶっちゃけ、自分がショックを受けていることに、ものすごいショックを受けているんだ。ぶっちゃけて言うと『手足を轢断された』ような痛みを感じるんだけど ―― この感じ、理解できる?」
後輩:「江端さん。私は、あるYouTuberを、まだ無名だったころのからずっとフォローし続けてきました。そのYouTuberが、チャンネル登録数やリツイート数の増減に ――例えば、千のケタから万のケタに増えて ―― 一喜一憂している様子に、この数年間、ずっとシンクロし続けてきたんです」
江端:「それで?」
後輩:「チャンネル登録数やリツイート数は、単なる数字ではないのです。その数字はその人の歴史であり、生き様であり、人間模様であり ―― 決して大げさではなく、『その人の人生そのもの』といっても過言ではありません。そんなことは、当然です」
江端:「で?」
後輩:「そもそも、江端さんは『世界を「数字」で回してみよう』という連載を担当しているのに、その数字を、単なる測定や計測のツールとしか見ていなかった、ということです。正直、私はそっちに驚いています」
江端:「……」
後輩:「“Twitterカウントゼロリセット事件”で、ショックを受けていることにショックを受けている江端さんというものが ―― 幼稚すぎて、かわいいとまで思えるほどです」
江端:「EE Times Japanとは、コンテンツの許諾契約の関係にあり、別にSNSのカウントを表示する義務もなければ、権利もない。今回のように、ゼロリセットされたとしても、別段、それについて私は異議を申し立てる権利もないし、その意図もない。担当のMさんからも、お詫びのメールも頂いている。
なにより、私は、ITエンジニアで、今回のゼロリセットが、『ドメイン名の変更によって発生する、技術上避けられない問題である』ことを、誰よりも理解している」
後輩:「だが、江端さんは、そこまで完璧に理解しながら、なお、自分がショックを受けている ―― その事実を、江端さんは理解できない ―― そういうことでしょう?」
江端:「私は、数字を使って論を展開するコラムの連載を担当しているライターだ。ロジカルに説明できないことが私の中にあることが ―― なんといっていいのか分からないけど、とにかく、気持ちが悪いんだ」
後輩:「江端さんが、ご自分でも気がついていないようなので、教えて上げますよ。江端さんは、EE Times Japanの編集部や、読者あるいは、誰でもいいから言って欲しかったんですよ」
江端:「何を?」
後輩:「『カウンターがゼロになっても、江端さんのコラムの価値が失くなる訳じゃありませんよ』、『カウンターが戻らないことで、江端さんが軽んじられる訳じゃないんですよ』」
江端:「そんなことは、分かっている!」
後輩:「江端さんは …… 江端さんは、それを誰かに、声を出して欲しくて、文字にして欲しくて、“形”にして欲しかったんじゃないんですか?」
江端:「それは……それは、非論理的で、非生産的な行為だ」
後輩:「江端さん。数字は、単なる測定や計測のツールじゃないんです。数字そのものに、魂が宿るんですよ ―― 数字は、時として、感情の一態様です。『数字で世界を回す』だけでは足りません。江端さんは、『数字の声を聞く』ということの重要性を、今回の事件で知ることができたんじゃないですか」
江端:「……」
後輩:「だから ―― これから、江端さんのコラムの内容が変わっていくんだろうなぁ、と、私は、かなり期待しているんですよ」
後輩:「まあ、それはさておき、今回の話。私たちエンジニアにとって、ものすごく重要な示唆があります」
江端:「と言うと?」
後輩:「江端さんは、今回の事件の『痛み』を、ロジックで捻じ伏せようとしましたね。でも、江端さんの『痛み』は、どのような論理展開をしようとも、ロジックでは導き出せないものでした」
江端:「それで?」
後輩:「システムを作って、提案して、納めて、それを動かして、顧客満足に資する ―― これができるエンジニアは山ほどいます。でも、システム障害が発生した時に、まだ、世界中のどこにあるかも分からず、以前にも存在したことがない、未知のお客さまの『痛み』を、『痛み』そのものとして共感することができるエンジニアは、どれだけいるでしょうか?」
江端:「謝罪をする。対応策を提示する。そうして、お客さまの『痛み』を『理解する』 ―― では足りない、と?」
後輩:「そうです。今回のケース、江端さんの痛みを、読者の方には『理解』してもらえるでしょうが、江端さんの『痛み』を、そのまま『痛い』と感じられる人は、まあ、ぶっちゃけ、江端さんと同じように、『カウンターをゼロリセットされてしまった人だけ』でしょう*)」
*)あるいはTwitterやFacebookのアカウントを凍結された、元米国大統領とか。
江端:「うん、そう思う ―― でも、まあ、それは仕方ないとも思えるけど」
後輩:「ええ、まあ、仕方がないです ―― でも、これからのエンジニアは、どこに存在するか分からず、どこに出現するか分からない、そういう『痛み』をキャッチして、お客さまと一緒になって、痛みで転げまわって苦しむことができる ―― これを「ユーザー視点」と言うのです。みんな、「ユーザー視点」という言葉を軽々しく使い過ぎです」
江端:「それはすごいことけど ―― いるの? そういう人?」
後輩:「いますよ。ただし、ものすごく“少ない”ですが」
江端:「それって、“努力”とか“学習”でなんとかなるものなの?」
後輩:「残念ですが、こういう感性は、天性のもののようです ―― つまり、“才能”です」
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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