検索
連載

「ムーアの法則」は終わらない 〜そこに“人間の欲望”がある限り湯之上隆のナノフォーカス(41)(5/6 ページ)

「半導体の微細化はもう限界ではないか?」と言われ始めて久しい。だが、相変わらず微細化は続いており、専門家たちの予測を超えて、加速している気配すらある。筆者は「ムーアの法則」も微細化も終わらないと考えている。なぜか――。それは、“人間の欲望”が、ムーアの法則を推し進める原動力となっているからだ。【修正あり】

Share
Tweet
LINE
Hatena

米国のクリスマス商戦のすさまじさ

 図11に、四半期毎の企業別のスマートフォンの出荷台数を示す。2012年以降、出荷台数のトップはおおむねSamsungである。また、2012年頃から中国のHuaweiが驚異的に成長し、2020年第2四半期(Q2)に一瞬Samsungを抜いて世界1位に躍り出たが、米国の制裁により、2020年9月15日以降、TSMCなどから半導体を調達できなくなったため、その後失速した。


図11:四半期毎の企業別スマートフォン出荷台数(〜2021年Q2) 出典:IDCのデータを基に筆者作成

 そして、最も特徴的な出荷台数の挙動を見せているのがAppleである。毎年、第4四半期(Q4)に途轍もないピークがある。特に、2020年Q4には四半期として過去最高の9000万台超を出荷した。これが、米国のクリスマス商戦の凄さである。

 Appleは毎年7月頃に新型iPhoneを発表し、12月のクリスマス商戦にターゲットを合わせて約1億台の大量生産を行う(実際に組み立てているのは中国に大工場群を持つ台湾ホンハイである)。図12に、2019年から2023年までのAppleの新型iPhoneとそれに搭載されるアプリケーションプロセッサ(AP)、そのテクノロジーノード、EUV適用の有無を示した。


図12:iPhoneのAP、Technology Node、EUV適用の有無 出典:iPhone Maniaの記事を基に筆者作成

 この計画に間に合わせるためにTSMCは、2021年は、5nm(N5)の改良版のN5Pのプロセスを遅くともQ1までに立上げ、Q3にかけて1億個のiPhone用APを製造しなくてはならない。

 それと同時に、2022年量産予定のN4(N5ファミリーの改良版)を量産するために、ことし中にR&Dを完成し、リスク生産を開始しなくてはならない(3nmはどうやら間に合わなかったようだ)。

 このようなことをTSMCは、毎年毎年、AppleのためにR&Dと量産をやり続けなくてはならないのである。なぜなら、図13に示す通り、TSMCにおけるAppleの売上高は25%に達しており、AppleがTSMCの最大のカスタマーであるからだ。


図13:TSMCの売上高に占める割合(2020年) 出典:日経新聞2020年4月16日のデータに筆者が加筆(クリックで拡大)

ムーアの法則とは“人間の欲望の法則”である

 最先端プロセスで1億個のAPを製造することがどれだけ大変かを計算してみよう。2019年にiPhone11用に製造されたA13のチップサイズが98.48mm2だった。12インチウエハーからは、707個とれる計算になるが、歩留りを90%と仮定すると(そんなに高くないと思うが)、636個になる。

 この状況で1億個を製造するとなると、約15万枚のウエハーを投入しなくてはならない。A13はEUVを使わない7nm(N7)で製造されたが、N7の月産製造キャパシティは12インチウエハーで150K(15万枚)くらいと聞いている。すると、TSMCはA13だけのために、10カ月間、N7のラインをフル稼働させなくてはならない。その間に、AMDのCPU、NVIDIAのGPU、MediaTekのAP、Qualcommのベースバンドチップが入り込む余地は1mmもない。

【修正:2021年9月28日19時30分 当初、「約150万枚のウエハーを投入しなくてはならない」としていましたが、「約15万枚」の誤りです。お詫びして訂正いたします。】

 そのため、毎年最先端プロセスは、ほぼAppleのAP向けに独占され、その騒動が終わった後に、他のファブレスの先端品を製造する、ということにならざるを得ないのである。

 逆の言い方をすれば、TSMCの最大のカスタマーであるAppleが毎年、最先端プロセスでAPの製造を要求するため、TSMCがそのプロセスを開発することになり、その最先端プロセスの恩恵で他のファブレスが(ちょっと遅れるけれど)、先端チップを製造してもらえる、ということになる。

 このような状況から、TSMCが世界最先端のスケーリングを続けているのは、米国のクリスマス商戦に起因していると言える。ということは、Appleが毎年12月にどれだけ大量に新型iPhoneを売るか、はたまた米国人がその新型iPhoneを買う気になるかどうか、ということにかかっているわけだ。

 つまり、TSMCが「田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばす」ようなキチガイじみたスケーリングを行う原動力は、米国人が「より高性能、より使いやすい、よりバッテリーの持ちが良い」iPhoneを購入したいという欲求にある。

 要するに、TSMCによって推進されている現在のムーアの法則は、”人間の欲望の法則“であると言える(もっと正確に言えば、米国人の欲望か?)。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る