IoV(車のインターネット)実現への道はシリコンで敷き詰められている:変わる自動車のコアコンピタンス(1/2 ページ)
自動車メーカーのコアコンピテンスはエンジンやシャーシの機械的設計から、ソフトウェアとシリコンに移行しつつあります。IoVへの道はシリコンで敷き詰められているのです。
テクノロジストたちは「破壊的」とか「革命的」などといった言葉を多用しすぎるきらいがありますが、近年の車の設計と製造に見られる進化はまさしく破壊的かつ革命的です。その変化はここ100年間の自動車設計の歴史では見られなかったほどの大激変であり、蒸気自動車、ガソリン自動車、電気自動車さえもが入り混じって同じホコリっぽい道を走っていた自動車史初期以来の最も大きな進歩です。そして今回はエレクトロニクスが車を――タイヤのついたスーパーコンピュータとして生まれ変わらせるために――いったんバラバラに分解しつつあります。
BMWで働いている1人のエンジニアは「卓越したハンドリングとパフォーマンスを誇る車を設計することにチームで何十年も取り組んできたのに、今や見込み客が真っ先に知りたがることは車が自分の使っている携帯電話に対応しているかどうかだ」と嘆いていました。これまではメカニカルデザインが車の購入基準だったのに、今やそれがエレクトロニクスやソフトウェアに取って代わられつつあります。従来のカーデザイナーたちがフラストレーションを感じるのも無理はありません。
Mercedes-Benz、日産自動車、Volvo、その他自動車メーカーが、自社の車にワイヤレス充電器、デジタル式ダッシュボード、衝突回避システム、24チャンネルステレオが搭載されていることを強調した広告を打っているのは決して偶然ではありません。どのメーカーも、馬力、エンジン回転数、乗り心地、ハンドリング、あるいは「豪華なコリント式の革」にさえ触れていません。Ford TrucksのCMですら、トラックの積載容量やけん引力ではなく、12Vコンセントの数やビルトイン発電機をウリにしています。車両総重量(GVWR)がコンピュータの性能に取って代わられたのです。
電動モーター、自動運転技術、インフォテイメントエレクトロニクス、サブスクリプション方式のサービス、販売後のワイヤレスアップデート、そして普及しつつあるV2X(Vehicle-to-Everything)通信が、半導体チップおよび、ソフトウェアの需要を指数関数的に増加させています。業界アナリストらは、今ではカーエレクトロニクスを一つのカテゴリーとみなし、コンピューティングや航空宇宙と同じようにそれ自体を目的とする副次産業として扱っています。
このすべてはどこに向かっているのでしょう? インターネットおよび、クラウドデータセンターへの接続性が今や必須になっていることから、自動車メーカーのコアコンピテンスはメカニカルデザインからソフトウェアおよび、シリコンへと移行しつつあります。車のインターネット(IoV)に必要とされるのはデータであって、ガソリンでもなければ電力ですらないのです。そしてそのデータの収集、処理、伝送、保存を担うのがSoC(system-on-chip)です。
自動車向けSoCが需要に拍車をかける
世界の自動車メーカーは車とトラックを合わせて年間約1億台を生産しています。リサーチ会社IHS Markitによると(2020年10月時点)、生産される自動車の半数以上が2026年までに15〜24個の複雑なSoC(system-on-chip)デバイスを搭載し、1台当たり平均23個のSoCが搭載されると予測されています。つまり2026年ごろには、自動車市場だけでも年間にして15億個(≒6000万台×23個)近いSoCが必要になります。しかもこれは今からたった5年先の話です。今から10年先の2030年初めごろまでには、複雑な自動車向けSoCの需要は20億個にまで増加していることでしょう。
IoVは半導体業界にとってスマートフォン以来の最大のチャンスを表しています。
それらシリコンの一部は先進運転支援システム(ADAS)の中でも今注目の自動運転技術に向けられています。それでも依然として、その大半はインフォテインメントやテレマティクスといった、ほぼすべての車に搭載されている馴染みのある機能――ラジオ、GPSナビゲーション、デジタルメーター、携帯電話接続、エンジンマネジメントなど――に用いられています。ここに挙げたものはどれも消費者需要に左右される自動車小売市場において必須の機能です。機能を前面に押し出した広告ばかりなのもうなずけます。
しかし、これらのテクノロジーはあくまで車そのもの――専門用語で言うなら「エンドポイント」――に向けられたものです。その背後にあるインフラはどうなっているのでしょう? サーバでいっぱいの広大な部屋がいくつも必要になるという点では、自動車メーカーもAmazonやGoogle、Facebook、Microsoftと変わりません。
車200台につき1台のサーバを割り当てると仮定すれば、年間30万台のサーバが必要になります。さらには、世界中の自治体が絶えずインフラの向上を図っています。「スマートシティ」技術はすでに数えきれないほどの信号機、高速標識、カメラ、街灯、路側センサ、V2I(Vehicle-to-Infrastructure)ネットワークに用いられ、無数の有線/無線アクセスポイントでサポートされています。遅延が大きく影響する反応については車同士および、車と道路脇ベースステーションの間で通信が行われることになるでしょう。このすべてにさらに多くのシリコンが必要になります。
そして次がソフトウェアです。車載ソフトウェアのコード行数は控えめに見積もっても約3000万行に達します(参考のために記しておくと、Microsoft Windowsの旧バージョンは約5000万行でした)。何から何まで備えた最新モデルの車では1億行を超えると見積もっているところもあります。いずれにしても、それは複雑で、ネットワーク化された、信頼性の高いマルチプロセッサシステムです。
ハードウェアの信頼性は極めて重要です。というのも、自動車メーカーは危険を伴うどんな故障についても法的責任を負うことになるからです。チップ設計者らはフェイルセーフと機能的冗長性でこれに対応しており、SoC内で並んで動作している2つ以上のプロセッサが常に互いをチェックしています。これがさらにシリコンを増やし、SoC設計をいっそう複雑なものにしています。
市販のチップで十分なケースも多々あるでしょうが、自動車メーカーが独自のカスタムチップを設計すれば、ハードウェアの性能をさらに高め、ソフトウェアの差別化を図ることが可能です。例えば画像処理ニューラルネットワークには、大規模で複雑な、非常に特化されたマシンラーニング機能が必要にされます。自動運転のユーザーエクスペリエンスを向上させるため、Teslaの車から送られてくる膨大な量の動画をニューラルネットワークに学習させる最新のTesla Dojo SoCはその一例です。
自動車向け意思決定システムは、完全なカスタムチップ、またはIP(Intellectual Property)ブロックを組み込んだ準カスタムチップのどちらかを採用したときが最も効果的に働きます。これはすなわち、2030年代初めごろに出てくる20億個のSoCの多くが、新しい自動車エコシステムの要求を満たすために完全または部分的にカスタマイズされることを意味しています。
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