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STEMを取り入れた「夏休みの自由研究」型パッケージ教育のすすめ踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(15)STEM教育(3)(8/8 ページ)

今回は、STEMを取り入れた新しい教育を提案します。併せて、プログラミング教育×STEM教育の方程式から導き出せる、「理系日本人補完計画」という壮大な妄想(?)を語ってみます。

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「科学」とは教科ではなく、「手段」である

後輩:「『夏休みの自由研究に苦しんでいる→日本人の多くが理系嫌い』のロジックは、乱暴に過ぎませんか?」

江端:「いや、子どもと保護者が、夏休みの自由研究に苦しんでいるのは、各種の文献やニュースからも、客観的な事実だ」

後輩:「そうじゃなくてですね、江端さんの現状把握は、そもそも前提が間違っているんですよ」

江端:「?」

後輩:「夏休みの自由研究の内容は、別に理科の実験でなくてもいいですよね。例えば、『豊臣秀吉と徳川家康を、豊洲エリアで合戦させてみたら、どちらが勝利するかをシミュレーションする』という研究だっていいわけです」

江端:「なんだ、その、魅力的なシミュレーション。私は、絶対にその研究発表を見にいくぞ」

後輩:「あるいは、『東京の司法、行政、立法機関を、自分の住んでいる県庁所在地(例えば、秋田県)に移転することが突然決まったとした時の、それらの運用方法についての検討』とか」

江端:「すごいな。聞いただけでワクワクする研究だな」

後輩:「なんで、こういう、歴史上の戦力分析シミュレーションとか、社会科学に関する研究とかが、子どもか出てこないと思いますか?」

江端:「そりゃ、研究内容が難しいからだろう?」

後輩:「違いますよ、江端さん。『理科を題材にした自由研究の方が圧倒的にラクだから』です」

江端:「……はい?」

後輩:「理科……という科学というのは、「仮説→観察→評価→検証」をループを続ける進歩のプロセスです。そんでもって、何がラクかというと「観察」ができる点にあります。極端なことを言えば、自然現象を見て、それを記録さえすれば足りるのです。しかも、科学における観察結果は、誰が何度やっても、同じ結果になり(再現性)があり、大抵の場合、常識的な結果に納まります ―― 後は、適当に感想を書けば終わりです。こんなラクな宿題はありません」

江端:「だから、子どもも保護者も、夏休みの自由研究に、『理科の実験』を選ぶ――と?」

後輩:「理科に関する自由研究のサンプルは、江端さんも書いていましたが、日本中に腐るほどあります。それをパクってくれば足る話です。それすらできないのは、科学の「仮説→観察→評価→検証」という考え方を、子ども、保護者、下手すると教師ですら知らないからです」

江端:「なるほどなぁ」

後輩:「自由研究の結果は、どんな手法を用いて、どんな結果になっても、『全てが正解』なんですが ―― 多分、日本人の多くは「夏休みの自由研究の正解」があると思っています。漢字の書き取りや、計算ドリルみたいに、正確で唯一の答えがあると信じているのです。そして、親子して「夏休みの自由研究」の発表(文化祭等での公開を含む)で、恥をかきたくなくて、苦しんでいます

江端:「ふむ……。定期テストであれば、0〜100点の間のどこかの数値で落ちつくけど、『嘲笑』とか『苦笑』という、下限のないマイナス査定を喰らうことは、相当な恐怖かもしれない ―― 特に「恥の文化」を重視するわれわれ日本人にとっては」

後輩:「中学生で『蝉の抜け殻の収集』を展示したら恥ずかしいですし、高校生で『徳川家康の生涯年表』なんぞを提出したら、黒歴史確定ですよ。自由研究のサンプルをパクるにしても、その年齢に応じた内容を提出しなければなりません」

江端:「それはさておき、つまるところ ―― 『日本人は理系が嫌い』ではなく、『日本人は、科学というもの(仮説→観察→評価→検証のプロセス)を知らない、または、慣れていない』ということかな?」

後輩:「実際、私たちは正しい意味で"科学"を教えてもらっていませんからね。科学とは、教科ではなくて、手段です。STEM教育とは、"政治"や"経済"や"文学"や、"歴史"や"古典"にすら利用できる「『科学』という便利な道具の使い方」を学ぶことだと思います」

江端:「できるかなー。今の子どもたちの勉強の内容は、そこそこ難しい上に、教科も多い。ここに「科学という道具概念」を投入するスキマが残っているかなぁ?」

後輩:「江端さんが今回提案している、『ダイエット・デジタルツイン』みたいな、課題解決型パッケージ教育は、アリだと思いますよ。もっとも、これがうまくいくかどうかは微妙だとは思いますけどね ―― これ、暗記だけさせる理系教育に比べると、比較にならないくらい格段に内容が難しいです」

江端:「そうだよな。子どもたちには、酷だよな」

後輩:「いや、酷なのは、むしろ教師です ―― これのパッケージ教育を強行したら、教職員が退職して日本の教師が半分くらいになるんじゃないかと、心配です」


Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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