「CHIPS for America Act」、無用の長物を生み出す恐れ:過去の失敗を繰り返さないため慎重に検討を(1/3 ページ)
今後10年間で米国半導体業界を再生すべく、520億米ドルを投入する法案「CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)for America Act」が、米国上院で可決された。現在はまだ、下院による承認を待っているところだが、ここで一度、この法案が、米国の国内製造への投資を奨励していく上で最も効果的な方法なのかどうか、じっくり検討すべきではないだろうか。
今後10年間で米国半導体業界を再生すべく、520億米ドルを投入する法案「CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)for America Act(以下、CHIPS Act)」が、米国上院で可決された。現在はまだ、下院による承認を待っているところだが、ここで一度、この法案が、米国の国内製造への投資を奨励していく上で最も効果的な方法なのかどうか、じっくり検討すべきではないだろうか。
資金が株式買戻しに向く”ゆがんだ構造“
CHIPS Actは主要目標の1つとして、製造分野への新たな投資の推進を掲げている。しかし同法案では、米国が後れを取るという状況を引き起こした要因への対応がなされていない。米国のインセンティブは、経営幹部たちが、事業への再投資よりも株式買い戻しの方を選択する方向に勢いづいていくという、ゆがんだ構造になってしまっているのだ。
現在、CHIPS Actの策定に向けて働き掛けている米国の技術メーカーには、かつて米国政府からの提供資金を“無駄遣い”して、企業の株価を押し上げるべく株式買い戻しの方に力を入れていたという過去がある。米国マサチューセッツ大学(University of Massachusetts)の経済学名誉教授であるWilliam Lazonick氏によると、半導体工業会(SIA:Semiconductor Industry Association)のメンバーであり、最近バイデン米大統領宛ての書簡に署名した、IntelやIBM、Qualcomm、Texas Instruments、Broadcomなどの企業は、2011〜2020年の10年間で合計2490億米ドルの株式買い戻しを行ったという。
Lazonick氏によれば、Intelが現在、プロセス技術分野においてTSMCやSamsung Electronicsに後れを取っている原因の1つとして、株式買い戻しにまい進したという点が挙げられるという。Intelは過去5年間で、設備投資費に500億米ドル、研究開発費に530億米ドルをそれぞれ投じてきたが、株主に対して350億米ドルを株式買い戻しに、さらに220億米ドルを配当金として惜しみなく使ったため、最終的にIntelの純利益の100%を使い尽くしたというのだ。同氏は、「Intelの株主への分配は、SamsungやTSMCのそれをはるかに超えている」と指摘する。
また、IBMも数十年前から、Intelと同じく株主価値を最大限に高めることに注力してきた。IBMは、1990年代に大規模な人員削減を行った後、株主に対して株式買い戻しの形で分配を開始し、1996〜2020年の間に年間配当金を増額してきた。IBMの株式買い戻し金額は、1995〜2004年が514億米ドル(純利益の79%)、2005〜2014年は1197億米ドル(純利益の93%)に達するという。
IBMは、これらの資金を最先端の半導体製造設備に投じることができたはずだが、2015年に自社の半導体製造工場をGlobalFoundriesに売却している。IBMの株式買い戻しは、2005〜2009年の500億米ドル(純利益の93%)に続き、2010〜2014年には700億米ドル(純利益の92%)に達している。
もっと現実を見つめよう。米国製のトースターを購入することができないという現状の中で、米国製の最先端半導体チップの製造を迅速に拡大することを目指すというのだろうか。中国政府が以前に、国内工場の製造能力を増強すべく資金を投じ、大失敗に終わったのと同じように、米国も数十億米ドル規模の過ちを犯そうとしているのではないだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.