定年がうっすら見えてきたエンジニアが突き付けられた「お金がない」という現実:「お金に愛されないエンジニア」のための新行動論(1)(8/8 ページ)
今回のテーマは、すばり「お金」です。定年が射程に入ってきた私が、あらためて気づいたのは、「お金がない」という現実でした。2019年には「老後2000万円問題」が物議をかもし、基礎年金問題への根本的な解決も見いだせない中、もはや最後に頼れるのは「自分」しかいません。正直、“英語に愛され”なくても生きていくことはできますが、“お金に愛されない”ことは命に関わります。本シリーズでは、“英語に愛されないエンジニア”が、本気でお金と向き合い、“お金に愛されるエンジニア”を目指します。
「江端さんは“シニアアイドル”なんですよ」
後輩:「今回の連載の第1回は、江端さんの「定年」と「お金」の危機感がヒシヒシと伝わってくる良いコラムでした。恐らく江端さんと同世代の人のマインドにシンクロする新しい連載だと思いますが……で、今後、この連載を、どのように進める予定ですか?」
江端:「とりあえず、正月くらいから、『ファンダメンタル投資』とか、『決算書の読み方』とかを読み倒して、「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」については、概ね理解できたと思う。これを投資サイトから自動化読み込みするプログラムを作って、私の十八番である「エージェントシミュレーター」にたたき込む、てな方向を考えているけど……」
後輩:「ああ、そりゃダメですね。ウケませんよ、そんなコラム。そもそも、ネタとして陳腐ですし、プログラミングができない人にとっては嫌みになるだけだし、「エージェントシミュレーター」なんて、技術的に論じられる人が、世界中にどれだけいると思います? 江端さんが言ったんでしょうが、「真実は一つ!金(かね)だ!」って。「技術」や「知識」じゃないですよ」
江端:「まあ……そうだが」
後輩:「今回、江端さんも自己検証されていますが、EE Times Japanのサイトも含めて、テキストコンテンツで『チャリンチャリン』モデルなんて、もう成立していませんよ。まあ、真面目にコンテンツでもうけたいなら、動画です。YouTubeです」
江端:「そうだなぁ、テキストコンテンツはクリックしてもらわないと収益にならないけど、YouTubeは強制的にCMが入り込むから、収益性としては、まだマシかもしれない」
後輩:「そもそも、もう、私たち、製品マニュアルを読みませんよね。最初からYouTube直行ですよね。というか、メーカー自体、マニュアル作成に金をかける気力、完全に失っていますよね」
江端:「確かに。先月、Made in Chinaの格安3Dプリンタを購入したのだけど、マニュアルは全く役に立たなかった(日本語は2ページしかなく、翻訳もちょっと変だった)。結局YouTubeを見て組立てたよ(筆者のブログ)。
後輩:「YouTubeのビジネスが簡単ではないことは良く知られていますが、そのような厳しい動画ビジネスで渦中にあって、江端さんは、今、「美味しい立ち位置」にいると思うんですよ」
江端:「どんな?」
後輩:「江端さんが赤裸々に語る『定年にロックオンされて、その後のメドが立っておらず、不安におびえるシニアの姿』は、江端さんと同世代の人からは共感を得られるという「立ち位置」にあります。一方、不愉快な上司のパワハラに腹を立てている、下の世代の人間からは、『ザマアミロ』と溜飲を下げられる、という「立ち位置」にもあります」
江端:「で、それが、動画ビジネスの話にどうつながるんだ?」
後輩:「決まっているじゃないですか。「お金に愛されないエンジニアが、YouTubeをやってみた」という動画作成と公開です。これは美味しいですよ。なぜなら、江端さんが失敗しても「お金に愛されないエンジニアが、YouTubeをやって失敗した件」という次のコンテンツにつながるからです」
江端:「『私の失敗』が前提なの?」
後輩:「若い人が、いろいろやってみてうまくいかないのですから、シニアの江端さんが、そんな簡単に成功するわけがないでしょう? でも、「(社会的に)死に損ないのシニアがYouTubeでブザマな姿をさらす」は、多くの世代の胸を打ち、特にシニアに勇気を与えるはずですよ ―― もっとも、その10倍以上の嘲笑と炎上も受けるでしょうが」
江端:「嘲笑と炎上か……。まあ、結局のところ、私たち、インターネット創成期を担ってきた私たちが、”fj”や”Nifty”から学んできたことは、結局、YouTubeに至るまで、何も変っていないということか」
後輩:「メディアが変っても、結局ところ、『嘲笑と炎上』を『お金』に変換する方法を確立した者だけが、ネットコンテンツビジネスで勝利してきたんですよ」
江端:「嘲笑と炎上って、結構キツいんだぞ? 私、ここ10年くらいずっとコラム書いてきたけど、あれは、不快だし、なかなか慣れないものだ」
後輩:「ぜいたく言っていられる身分じゃないでしょう? 江端さんは、お金を作り出す手段はなくても、ネタを捻り出すという能力はあるのですから、これをお金に変換する方法を考えるべきなのです ―― そして、私の提案は、「『江端さんが、ことごとくお金で失敗を続ける』という動画コンテンツでお金をもうける」という、新しい行動論です」
江端:「なんというか、トートロジーという感じもするが……。まあ、今回『どんな仕事でもやらせて頂きます』って書いたしなぁ」
後輩:「江端さんは、これまでだって、自分のプライバシーを切り売りして、喧嘩上等で、生きてきたじゃないですか ―― 「英語に愛されない」だの、「量子コンピュータがさっぱり分からん」だの、「ビットコインは信用できん」だの、「自分の政治団体にオンライン提出すらさせられない国会議員が『デジタル化』を口にするな(筆者のブログ)」だの……」
江端:「わかった、わかった。確かに、私は、仕事で逆転を狙える年齢でもないし、今さら、どれだけ恥かこうが、知れているしな。テキストコンテンツで行き詰まっているのも事実だし……、ちょっと真面目に検討してみるよ、”YouTube”コンテンツ」。
後輩:「江端さんはアイドルなんですよ ―― ”シニアアイドル”です。江端さんのぶざまでみっともない闘いの日々が私たちの希望です。江端さんは、私たちが同じ轍(てつ)を踏まないための、斥候(せっこう)であり、地雷原を一人歩き続ける兵士です」
江端:「それは、『アイドル』とは言わない ―― 『生贄(いけにえ)』って言うんだ」
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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