老後を生き残る戦略として「教祖(仮)」になってみた:「お金に愛されないエンジニア」のための新行動論(7)(4/10 ページ)
前回に続き、老後の生き残り戦略の一つとしての信仰を考えてみます。今回、私は「教祖(仮)」となり、「教祖ビジネス」についてさまざまな角度から検討してみました。
教義を作ってみよう
次に、私が作成しなければならない、教義の要件について説明します。三大宗教の代表的な宗教の経典やら、カルト宗教の教義書にざっと目を通してみたのですが、ざっくりこんな感じになっているようです。
最も重要なことは、「(1)既存宗教をパクっている」です。正直、ここ2000年間くらいで、宗教のネタは使い尽くされています。そして、新しいネタを作るのは骨が折れます。前述した「悪人を救え」だの「敵を愛せ」だの「1フレーズを唱えるだけで極楽行き確定」などという、仰天ネタを越えるのは無理です―― 目指すは、N次創作型の教義で良いのです(コミケから始める布教、も、いいかも)。
「(2)大衆に迎合している」のは、信徒獲得の観点から当然です。信徒の数は、教団の信用力の源泉だからです。
また、「(3)敵が明確である」というのは、意外に重要です。宗教団体は、その目的が達成されることで、その意義を失っていきます。「恒久的で平和で平等な社会」が実現されれば、全ての宗教は、その瞬間に全滅です。宗教が存在するためには、そのような社会の実現に「尽力」しつつも、「完成」させてはならないのです。そういえば、最近では、旧統一教会、現世界平和統一家庭連合が、会見で「共産主義」が敵である(反共)と主張していましたが、このような「敵」の存在は、自己の存在意義を明らかにする上で、とても有用なメソッドなのです。
「(4)教義をシンプルに説明できる」ことも重要です。長い説明では、民衆の多くに覚えてもらうことができないからです。前述の「反共」の他には、(宗教ではないですが)「反米(反米国帝国主義))」「反日(反日本帝国主義)」、最近なら「反ワク(反ワクチン)」などの略語は、教義をシンプルに説明できていると言えましょう。
「(5)死後が『見える化』されている」の重要性については、これまで散々お話してきたので、割愛しますが、これは信徒獲得の手段であると同時に、改宗防止の観点からも重要だからです。信徒は重要な金ヅル人財、いや、人材ですから。
次は、なかなか難しいのですが、「(6)奇跡が準備されている」ということも重要なのです。奇跡というのは、自然法則を無視した現象のことです。これは、3大宗教ではしばしば登場します。「海を割って歩いて渡った」「水をワインに変えた」「失明している人に視力を取り戻させた」などなどです。また、その後、この奇跡を再現できた人は一人もいない、という点も重要です。
ところが、新しい宗教であっても、このような奇跡は必要です。大抵の場合は「演出」で作ります。例えば、「病気から快癒する祈祷による奇跡」を作るのは、とっても簡単です。なぜなら、病気になった人は、(1)死ぬ、(2)病気のまま、(3)病気から治癒する、の3つの状態にしかなりません。100人くらいに、祈祷をしておけば、一人くらいは(3)の状態になる人もいるでしょう。あとは、それを「奇跡が起きた!」とやかましく騒ぎ立てれば完了です(これ、投資詐欺でよく使われる手法らしいです)。
そういえば、1995年に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の教祖が、「空中浮遊」という写真を公開して、奇跡を吹聴していましたが、その後の動画で、「座禅状態からの、ジャンピングを実現した」だけのアスリートであったことが分かりました(その後、多くの人が、自分で行った再現画像を投稿していました)。
ともあれ、これから宗教団体を作る私にとって、奇跡の準備は、頭の痛い課題ではありますが、エンジニアである私なら、「奇跡の演出」くらいはできるはずだ、と信じています。
「(7)教義に反した場合の「罰」が具体的である」というのは、現世における「不利益の具体例」があることが望ましいです。『脱退した人が、その後、無惨な死に方をした』とか『身内に不幸が立て続けに起こった』とかいう話が効果的でしょう。それが真実かどうかはどうでも良いのです。教団に入っている人は、外部からの情報が入ってこない状態にあり、教団内にしかコニュニティを持っておらず、既に正常な精神状態にはありません。いずれにしても、このような「罰」のストーリーは、きちんとマニュアル化して、いつでも使えるようにしておく必要があります。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.