「CHIPS法」だけでは不十分、米国の半導体政策:環境負荷の削減など課題は山積(1/2 ページ)
米国は、半導体製造の“自国回帰”を強化している。半導体関連政策に520億米ドルを投資する「CHIPS and Science Act」(CHIPS法)は、それを後押しする重要な法律だが、これだけでは十分とはいえない。環境負荷の削減など、より広い意味での持続可能性を持つアプローチを検討する必要がある。
ここ数年間でマクロ経済的/地政学的問題が表面化したことにより、世界のリーダーたちは半導体チップが国家主権において不可欠なものであるということを明確に認識した。
半導体チップは、スマートフォンや医療機器、軍事用ドローンに至るまで、われわれの生活のあらゆる側面に影響を及ぼす。各国政府首脳は、半導体不足によってもたらされた甚大な影響を経験したことで、サプライチェーンの信頼性と管理が、経済的な安定や成長だけでなく、国家安全保障と技術的優位性においても重要であるということを認識するようになった。
米国は、520億米ドルを投資する「CHIPS and Science Act」(CHIPS法)が2022年に可決されたことで、半導体市場における自国の戦略的地位を強化すべく、大胆なイニシアチブを始動させ、積極的に資金を分配しているところだ。現在、世界半導体市場全体に占める米国製チップの割合は約12%で、30年前の37%から減少している。CHIPS法の目的の一つに、世界の半導体チップ全体の約60%と最先端半導体の90%を製造している台湾に対し、米国の依存度を下げるということがある。
しかし、米国が潜在的な地政学的リスクを確実に排除し、かつてのような半導体優位性を取り戻すためには、さらなる取り組みが必要だ。これまで米国の指導者たちは、主に生産能力の増強に注力してきた。サプライチェーンのレジリエンス強化に加え、公的資金を投じた製造工場によってもたらされる最も高い相乗効果の一つが、雇用創出である。これが、選ばれし全ての指導者たちにとって重要な関心事であるのも当然のことだ。
半導体の「自前主義」に不可欠な3つの要素
法律制定は幸先の良いスタートだといえるが、米国半導体市場にはまだ重大なギャップが残る。その中で最も緊急を要する問題が、環境や米国民に対して幅広い影響を及ぼしている。世界半導体戦争において、国家が真の“技術的独立”を実現できるかどうかを決定付ける重要な要素として挙げられるのが、「研究開発投資」「熟練労働者の確保」「持続可能性」の3つだ。
米国は現在、生産能力の面で後れを取っているにもかかわらず、半導体デバイスと設計イノベーションの分野で世界リーダーとしての位置付けを維持している。このような競争優位性を維持/強化するためには、継続的な研究開発投資に対応するためのより大規模かつ持続的な計画が必要だ。半導体分野における研究開発および製品開発は、特に探索的研究から大規模生産への溝を埋めることを目指す場合に複雑かつ高コストになることで知られている。半導体研究開発における民間投資は、過去40年間で10倍に増加しているが、政府投資は横ばい状態が続いている。とはいえ、このような政府投資には大きな可能性がある。実際、米国半導体工業会(SIA:Semiconductor Industry Association)が発表したレポートによると、連邦資金が半導体研究開発に1米ドル投じられるごとに、米国のGDPが16.5米ドル増加する可能性があるという。
CHIPS法では、半導体研究開発に特化した2つの新しい事業として、「National Semiconductor Technology Center(国立半導体技術センター)」と「National Advanced Packaging Manufacturing Program(国による高度パッケージング製造プログラム)」を設立するために130億米ドルが割り当てられている。これらの組織は、正しく運営されれば、立ち上げ段階の商業化前の研究を促進するという非常に重要な役割を担い、研究インフラなどを改善することができる。しかしここで、「この1回限りの法律による資金提供がなくなってしまったらどうなるのか」という真の疑問が残る。この資金提供を、もっと大規模な連邦研究開発予算に組み込むことが重要だ。
もう一つの解決策は、民間とのパートナーシップ構築にある。初期の段階で、大手半導体メーカーに研究開発投資を求めることで良い成果を得られることが実証されている。例えば、Applied Materialsは2023年5月に、米国カリフォルニア州サニーベールの既存工場に併設する形で新しい最先端研究施設を設立することを発表した。投資額は40億米ドルで、2000人の雇用を創出する見込みだという。しかし重要なのは、このような資金提供パートナーシップを、実績ある大手メーカーだけでなく、業界に新たなイノベーションをもたらす初期段階のメーカーや起業家などの幅広いネットワークにも広げていかなければならないという点だ。
さらに、見逃すことができない重要な優先事項は、熟練労働者不足が差し迫っているという点だ。最近の予測によると、米国半導体業界では2030年までに、30万人のエンジニアと9万人の熟練技術者が不足する見込みだとされ、非常に重要な問題となっている。
こうしたギャップを素早く埋めるための方法として、建設予定の製造センターの近くに専門学校を配置し、ファクトリーオートメーションや化学工学、材料科学、高性能真空装置などを含む半導体関連のトレーニングプログラムを設立、拡大するということがある。より高度なエンジニアリング/設計業務における労働力のギャップに対応するには、米国のSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)プログラムの学生のパイプラインを拡大し、より多くの学生を半導体業界に引き付け、もっと大勢のSTEM専門家を海外から米国経済に呼び込むための協調的な取り組みも必要だ。
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