半導体製造の最先端を独走するTSMCの決算から読み取れること:大山聡の業界スコープ(76)(2/2 ページ)
2024年4月18日、TSMCが2024年第1四半期(1〜3月期)の決算を発表した。ファウンドリー業界で独り勝ち状態のTSMCには、ハイエンドプロセスを中心に需要が集中している。近年の同社決算を振り返り、TSMCの現状や見通しを考えてみる。
ウエハー出荷枚数は横ばい
TSMCの売上高は、2023年第2四半期をボトムに回復基調にあるが、ウエハー出荷数量はボトム期からあまり増えていない。ハイエンドプロセスの比率が高まったことにより、ウエハー当たりの平均単価が上昇していることも要因として考えられるが、よりインパクトが大きいのは後工程の貢献である。
具体的にはCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)と呼ばれるTSMCの最先端パッケージング技術である。CoWoSは、シリコン基板に配線を施し、その上にチップを実装する技術で、実際にはNVIDIAのGPUと、SK HynixのHBM(High Bandwidth Memory、高速DRAM)を同じ基板上に実装するために使われている。後工程の一種ではあるが、前工程並みの微細技術と高額投資が必要で、SamsungのCubeシリーズ、IntelのEMIB(Embedded Multi-die Interconnect Bridge)など最先端の前工程を誇る各社が同様の技術を立ち上げている。しかし現時点では、NVIDIAのGPUとSK HynixのHBMをCoWoSで組み立てる、というのが最先端パッケージ業界における唯一の事例であり、この実績がTSMCの売り上げを押し上げる大きな要因になっていることは間違いない。
TSMCでは、CoWoSの生産能力を2024年末までに月産2万8000枚に引き上げる、としているが、実質的に同社CoWoSの生産能力が世界中のAIプロセッサの供給能力、ということになっている。SamsungもIntelもまだ量産実績がなく、唯一実績のあるCoWoSも活用しているのはNVIDIAだけ、というのが現状なのだ。
特定企業に需要が集中している「AI」
世間では「半導体のけん引役がスマホからAIに代わった」などといわれているが、その流れに乗っているのはNVIDIAとTSMCだけ、強いていえばNVIDIAにHBMを提供しているSK Hynixを加えた3社だけである。AIプロセッサ分野ではAMD、IntelなどがNVIDIAを追随しようとしているが、まだ実績を挙げるレベルには至っていない。最先端パッケージング分野でも、SamsungやIntelはTSMCの独走を許している。HBM分野でも、量産できているのはSK Hynixだけで、SamsungやMicronはまだこれからの状態だ。「AIがけん引役」といっても、特定企業に需要が集中しているだけで、市場が形成されているとは言い難い。
さらにいえば、NVIDIAのヒット商品であるAIプロセッサ「H100シリーズ」は2023年11月〜2024年1月の3カ月間で50万個が出荷されたが、主なユーザーはMicrosoft、Meta(Facebook)、Amazon、Google、Oracle、Tencentの6社だけだ(なお、中国企業のTencentは、対中規制のためにH100を購入することはできず、意図的にスペックを落としたバージョンを調達している)。H100シリーズを求める顧客はもっとたくさんいるが、TSMCのCoWoSの生産能力が限界に達しているため、納期が半年から1年と長期化している。すでに述べたように、TSMCの売り上げはボトム期を脱しているが、ウエハーの出荷枚数はボトム期からあまり増えていない。つまり、CoWoSを除けばTSMCの生産能力にはまだ余裕があって、フル稼働には至っていないのが現状である。
視点を変えて、TSMCの地域別の売り上げ動向を見てみよう(図4参照)。北米向けが約7割を占めていることが分かる。Apple、NVIDIAだけでなく、Qualcomm、Broadcom、AMD、Intelなど、同社の大手顧客は圧倒的に米系企業が多い。米国政府がTSMCをアリゾナに誘致したのは、必然的な選択だったことが理解できよう。
前工程にしても後工程にしても、製造技術の最先端を突っ走るTSMCには需要が集中するため、TSMCの決算を分析していると「半導体業界の最先端」を垣間見ることができる。しかし、TSMCが独走しているだけでは市場は形成されず、多くのユーザーに成果を広げることもできない。AIは確かにハイテク分野のブームとなりつつあるが、半導体市場をけん引する体制はまだ出来上がっていないのである。
筆者としては、このAIブームが5Gサービスを立ち上げるきっかけになること、それによってスマホやPCの需要が盛り上がることを期待しているのだが、果たしてそんなシナリオは実現できるのだろうか……
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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