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「ASMLショック」は空騒ぎ? 覚悟すべきは2025年のトランプ・ショックか湯之上隆のナノフォーカス(77)(1/4 ページ)

ASMLの2024年第3四半期決算は業績が「期待外れ」とされ、決算発表の翌日に株価が暴落。「ASMLショック」が広がったと報じられた。だが業績の推移を見れば、これが「ショック」でも何でもないことはすぐに分かる。それよりも注視すべきは、中国によるASML製ArF液浸露光装置の爆買い、そして何よりも「トランプ・ショックの到来」ではないだろうか。

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1日前に流出したASMLの決算報告書


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 ASMLは2024年10月16日(オランダ時間)、2024年第3四半期(Q3)の決算を発表した。ところが、「技術的なエラー」により、1日前の15日に決算報告書がリリースされてしまい、その業績などが期待外れだったため、実際の決算日の16日にASMLの株価は暴落した。

 そして、これに引きずられるように、東京エレクトロンやレーザーテックの株価が急落し、東京株式市場で日経平均株価は大幅反落して、前日からの下げ幅は一時800円を超えた。このようにして、株式市場には「ASMLショック」が広がった(日経新聞10月16日)。

 この「ASMLショック」が起きた原因としては、前掲記事には、「2024年Q3の受注額が26億3300万ユーロと同年Q2に比べて5割減少した」こと、「2025年12月期の売上高の見通しを、従来の最大400億ユーロから同350億ユーロへ引き下げた」ことおよび、「(技術的なエラーで)ASMLの決算が1日早く流出した」ことなどを挙げている。

 しかし、これらは「ASMLショック」を引き起こすほどの大問題なのだろうか? 筆者は、証券会社のアナリストではなく、従ってその道の素人ではあるが、どうも株式市場は必要以上に過剰反応しているように思えてならない。

 そこで本稿では、まず、これまでのASMLの業績や露光装置の出荷動向を明らかにすることにより、現在の状況が「ASMLショック」というほどのショックではないことを示す。その一方で、ASMLは依然として中国にArF液浸露光装置(以下、ArF液浸)を大量に出荷している実態を指摘したい。本当は、こちらの方が問題なのではないのか?

 そして、2024年11月5日に米国で大統領選挙が行われ、共和党で前大統領のドナルド・トランプ氏が、民主党で副大統領のカマラ・ハリス氏との激しい選挙戦を制して当選確実となった(参考)。

 その結果、トランプ氏は2025年1月20日に米大統領に就任するが、ASMLが中国に大量のArF液浸を出荷し続けていることを問題視するかもしれない。そうなると、トランプ政権は、ASMLに対して、「ArF液浸の即時全面輸出禁止」やそれ以上の厳しい規制を要求する可能性も考えられる。一体何が起きるかは分からないが、半導体業界に「トランプ・ショック」の激震が走るかもしれない。

ASMLの露光装置の売上高と受注額

 図1に、ASMLにおける露光装置などシステムの売上高と受注額の推移を示す。ここで、この図に示した売上高は、全体の売上高から、“Installed Base Management”と呼ぶサービス起因の売上高を除いたものである。要するに、露光装置などのシステムのみの売上高である。


図1 ASMLの露光装置の売上高と受注額[クリックで拡大] 出所:ASMLの決算報告のデータを基に筆者作成

 まず、受注額の挙動を見てみよう。確かに前掲の日経新聞が指摘しているように、受注額は2024年Q2(55.7億ユーロ)からQ3(26.3億ユーロ)にかけて半減した。しかし、これが大問題というなら(日経新聞などの多くのメディアはそう報じているわけだが)、2022年Q3(89.2億ユーロ)から2023年Q3(26億ユーロ)にかけて約70%も受注額が急減し、さらに2023年Q4(91.9億ユーロ)から2024年Q1(36.1億ユーロ)にかけて約60%も減少している。こちらの方がより大きな問題ではないのか?

 しかし、筆者は、2022年Q3から2024年Q1の間に、「ASML大ショック」という記事を見た記憶が無い。従って、今回の2024年Q2からQ3にかけてのみ、「ASMLショック」と大騒ぎする理由がよく分からない。

 さらにもっと言うと、受注額と売上高の間に相関があるようにも見えない。ASMLは、露光装置の受注を受けた後、半年〜1年間のリードタイムを経て、半導体メーカーに装置を出荷する。しかし、2021年Q1から2022年Q4にかけては、受注額が売上高をはるかに上回っている。

 そして、そのような巨額受注が、半年〜1年後に売上高に転嫁されているかというと、そうは見えない。なぜそうなるかを考えてみると、ASMLに受注残として積みあがっているか、半導体メーカーが導入を後ろ倒しにしたか、あるいはキャンセルしたか、などの理由が考えられる。要するに、受注したからといって、それが必ず売上高につながるというわけではないのである。

また、2022年Q3(89.2億ユーロ)から2023年Q3(26億ユーロ)にかけて受注額が約70%減少したことは前述したが、その影響としては、売上高が2023年Q4(56.8億ユーロ)から2024年Q1(39.7億ユーロ)にかけて約30%の減少したことにとどまっている。つまり、半年〜1年前の受注額の減少により、売上高が多少は減少したことが見て取れるが、それほど深刻な減少ではない。

 以上のように、売上高と受注額の関係を定量的に分析してみると、今回2024年Q2からQ3にかけて受注額が半減したことを「ASMLショック」と騒ぎ立てるのは、明らかに過剰反応と言えるだろう。

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