日本の半導体誘致戦略のあるべき姿:大山聡の業界スコープ(85)(2/3 ページ)
TSMCの工場誘致が順調に進んでいる。今後、日本はどのような半導体メーカーの誘致を積極展開すべきなのか。誘致する側、誘致される側、双方の立場を考えて私見を述べてみたい。
既存の国内工場だけでは十分ではない
日系半導体メーカーがシェアを落としたのは、DRAM市場でコスト競争に敗れ、ロジック市場ではファブレスとファウンドリーに分業した海外勢に設計力でも製造力でも勝てなかったからである。今ではDRAM事業を継続している日系企業は1社もなく、旧エルピーダメモリの広島工場はMicron Technologyが運営している。NAND型フラッシュメモリは、2024年12月に上場したキオクシアが四日市(三重県)と北上(岩手県)に工場を持っている。これらの国内メモリ工場は、増強時に政府から補助金が出ることもあるが、「新たな工場誘致」とか「地域経済の活性化」といった意味では注目度が低く、2030年に15兆円を達成するための伸びしろとしても十分とはいえない。
2022年に政府の肝いりで設立されたファウンドリーのRapidusは、2027年の2nmロジック量産に向けて準備を進めているが、この会社が成功するかどうかはまだ分からない。ちなみに筆者は、Rapidusが2nm量産の立ち上げにこだわる戦略に異議を唱えてきた。だが、先端ロジックプロセスがTSMC一強状態で対抗馬が不在であること、Rapidusが40社もの企業を顧客候補に抱えていること、これらの状況をみて「異議を唱えている場合ではない。何とか成功してもらいたい」と考えるようになった。筆者が見方を変えたところで、Rapidusのハードルが下がるわけではないが、今後の進捗を「成功するために何が必要か」という視点で見守りたいと思う。
PSMC誘致からの教訓
話を元に戻そう。政府が掲げた国内半導体生産の高い目標を達成するためには、国内企業や既存工場への支援だけでは不十分で「海外企業をもっと積極的に誘致する必要がある」というのが筆者の主張である。TSMCの第3工場に関する誘致が議論されるのも、必然的な流れだろう。
そこで、2024年に白紙撤回されたPSMCの誘致に関して振り返ってみよう。あの話は何が問題だったのか。PSMC側は白紙撤回した理由として「日本政府による10年間の量産継続要求」と「(共同で事業を進めようとした)SBIホールディングスが事業計画を示さなかったこと」を原因に挙げた。後者は政府とPSMCの仲介に入った企業へのクレームのような内容で、この主張をうのみにすることはできない。だが、前者のような理由が挙がるようでは、補助金がらみで誘致する企業としてはふさわしくない、と断じてよいだろう。そもそもPSMCは、日本での販売実績も乏しく、PSMCならではの技術を持っているわけでもない。仮に誘致に成功して工場が立ち上がったとしても、顧客がつかずに開店休業状態にとどまるリスクは多分にあっただろう。
一時期は誘致に成功した地元の関係者が盛り上がっていたので、筆者としては「水を差すようなことは言うまい」とコメントを控えていたが、補助金投入前に実態が暴露されて良かった、というのが偽らざる気持ちである。当たり前の話ではあるが、税金を投入して誘致する以上、これらの半導体産業発展にふさわしく、業界をリードしてくれるような企業でないと、このような失敗を繰り返さないとも限らない。この件は教訓とすべきだろう。
誘致すべき企業とは
では改めて、誘致すべき半導体メーカーとしてどのような企業、どのような案件が日本政府の戦略にふさわしいだろうか。すでに述べたように、これからの半導体市場はロジックとメモリが中心となって成長することは間違いない。その状況下で、日本政府は製造部門(工場)の拡大を目指しているわけだから、ロジックならファウンドリー、メモリならメモリメーカー、がその対象となる。
まずファウンドリーについてだが、この業界はTSMC一強の状態で、その誘致には成功している。台湾二番手のUMCはすでに三重県に工場(旧富士通三重工場)を持っており、UMCは最先端プロセスへの投資を断念している。積極的に誘致する対象ではないだろう。もちろん、先端プロセスをやらないファウンドリーを誘致するな、とは言わない。だが、PSMCの教訓を踏まえつつ、あまり優先度を上げる必要はない、と考えるべきだろう。これに対してSamsung ElectronicsやIntelは先端プロセスを追求しているが、いずれも歩留まり向上に苦戦しており、誘致よりもリストラを優先しかねない状況にあると思われる。
次にメモリだが、今後特に高い成長率が期待できるDRAM工場の誘致を優先的に考えるべきだろう。DRAM業界は3社による寡占が続いており、その1社のMicronはすでに広島に工場を持っている。従って新たに誘致するのであれば、Samsung ElectronicsかSK Hynixか、という選択になる。Samsungは横浜に研究開発拠点を持っており、試作ラインを建設中だが、量産ラインについては日本での計画はない。一方のSK Hynixは、日本には試作ラインも量産ラインも持っていない。SK HynixはHBM(広帯域幅メモリ)で圧倒的に先行しており、前工程だけでなく中工程についてもさまざまな研究開発が必要なはずである。多くの装置メーカーや素材メーカーが存在する日本で研究開発を進める動機は十分にあるし、「試作だけでなく量産も」と日本政府が誘致すれば、興味を示す可能性もあるだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.